2010-06
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119 2010年07月30日(金) とてもいい本に出会いました。百田尚樹『永遠の0(ゼロ)』です。    

 いつもと違って、金曜日のアップロードです。
 今日は、7月〜9月までの間に4日間取得できる「夏期特別休暇」の第1日目で、仕事は休みです。
 ちなみに、製造業の方なら、お盆前後に何日も連続して休みが取れると思いますが、私たち、「サービス業」はそうも行きません。とりわけ、今の職場は、教員の研修に関わるところですから、夏休みは「稼ぎ時」です。今日も、休みを取りつつ、朝職場に出かけて書類にだけは目を通してきました。一昨日と昨日が出張で、机の上には書類がたまっていました。

 さて、今日は、これから妻と旅行に出かけます。
 行き先は、6月20日の日記「
映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士・・・」泣かせる作品でした。」で予告した、石見・出雲旅行です。石見銀山に入り、一畑電鉄の電車に乗車する旅です。今日の午後に出発します。
 帰ってきたら、また、いつもの旅行記を書きます。乞うご期待です。(^_^)

 さてさて、今日は、旅行や電車とは全く趣を別にする本の話です。
 
百田尚樹(ひゃくたなおき)氏の小説、『永遠の0(ゼロ)』をご存じですか。
 私は、少し前から存在は知っていましたが、7月11日付の『朝日新聞』の読書欄に、ライターの瀧井朝世氏が絶賛されていたのを眼にして、その日のうちにインターネットで購入し、先々週の3連休の日曜日に、それこそ、食事も忘れて6時間ぶっ続けで読み続け、一気に読了しました。もともと2006年に太田出版から単行本として出版されていた本ですが、2009年に講談社文庫版がでて、しばらくして売れはじめました。
 先ほど、「6時間ぶっ続けで」読んだと書きましたが、解説を入れて、589ページの本ですから、普通なら、読了するまでに何日もかかります。それを私が一気に読んだと言うこと自体が、この本がとてつもなく魅力的な本であることを示しています。
 
 この日記の前ページは、映画『踊る大捜査線3』と『必死剣鳥刺し』の紹介をしました。ちょっと期待はずれだったので、いささか心苦しい紹介になってしまいました。

 今日のは違います。ひたすら絶賛です。



  まず、タイトルです。
 私は、昨年文庫本が発売された時に初めて眼にしましたが、当初は、この「
0 ゼロ」の意味が分からず、数学かなんかの本と勘違いしました。(+_+)
 実は、「
」は、大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機、つまり、「ゼロ戦」の「ゼロ」なのです。

 現代に生きる姉と弟は、母の実の父親(もう一人の祖父)について調査を開始します。
 二人の母は、なくなってしまった祖母が、まだ存命である祖父とは異なる、前夫(もう一人の祖父)との間にできた娘でした。二人は、この祖父については、祖母からこれまでほとんど話も聞いたことはありませんでした。ただその祖父は、太平洋戦争末期の8月、もう1週間もすれば結果的に終戦という時期に、ゼロ戦に乗って、沖縄方面のアメリカ艦隊に
特別攻撃隊(特攻隊)の一員として参加し、散華したとのことでした。
 もう一人の祖父は、どんな存在だったのか?太平洋戦争をどう生きたのか?
 祖母は、その祖父に愛されていたのか?

 司法受験に何度も落ち、人生の目的を失いつつあった主人公は、最初は姉から頼まれたこの調査に消極的でした。しかし、祖父の昔の戦友に会い、彼らの口から祖父の話を聞くにつれ、しだいに、祖父の人生の「謎解き」に魅了されていきます。
 
 この本の読み応えのある点、すばらしい点をいくつか紹介します。 


1 最大の評価点は特別攻撃隊と太平洋戦争を見事に描いた点です

 この小説の最大の評価点は、特別攻撃隊と太平洋戦争を見事に映画いた点です。
 私は、太平洋戦争中の特別攻撃隊について、このHPで、いろいろ考えてきました。

目から鱗:「戦艦大和神話5片道燃料

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日記:「映画「出口のない海」

 ・

日記:「映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」特別攻撃隊

 ・

教育:「愛国心をどのように教えるか特攻隊と靖国神社1」 

 ・

教育:「愛国心をどのように教えるか特攻隊と靖国神社2」  

 自分で言うのはなんですが、特別攻撃隊のことを普通の人より理解し、問題意識を持っている私から見て、この小説は、珠玉の作品となっています。
 その理由の一つは、ずばり「
特攻隊で散華した若者は、どういう思いだったか?結果的にどういう存在だったか?」という、逃げも隠れもしない、正真正銘のテーマへの挑戦です。

 作品中では、主人公の姉の恋人(大手新聞の記者)が、「私は、特攻はテロだと思っています。あえていうなら、特攻隊員は一種のテロリストだったのです。それは彼らの残した遺書を読めばわかります。彼らは国のために命を捨てることを嘆くよりも、むしろ誇りに思っていたのです。国のために尽くし、国のために散ることを。そこには、一種のヒロイズムさえ読み取れました。」(P420)と言い放ちます。
 冗談でしょう。そんなはずはありません。
 2001年9月11日のWTC事件の歳に、アメリカのメディアは、その体当たり攻撃を「カミカゼ」ということばを使って表現しました。特攻に準じた若者も「天皇への殉教者」ですか?
 そんなはずはありません。これは、この小説が解き明かしたい真実とは、究極の反対像です。

 主人公が祖父の戦友を尋ねて話を聞く旅は、このイメージと、もう一つ、最初に会った戦友から言われたことば、「君の祖父は、『臆病者』だった」との間で、心揺れ動く謎解きの旅ともなります。
 「祖父はテロリストなのか、臆病者なのか」

 そして、その旅はまた、太平洋戦争とは何だったのかという、戦争そのものの歴史の本質を描く旅にもなっています。
 真珠湾攻撃から敗戦まで、太平洋の小島で、東南アジアのジャングルで、日本の将兵がいかに戦ったかをたくみに描く作品となっています。その丁寧さ、わかりやすさ。589ページの量は、半端ではありません。充実した内容です。


 零式艦上戦闘機、ゼロ戦52型。東京の靖国神社遊就館の復元機。(撮影日 03/11/28) 

 主人公の祖父が、出撃の日の朝、「一度は乗った」ことになっている零式艦上戦闘機、ゼロ戦52型。東京の靖国神社遊就館の復元機です。
 「一度は乗った」?、へへ、これはお話しはできません。読んでからのお楽しみです。(^_^)

 筆者のゼロ戦や他の兵器に対する視点も確かなものです。

 私の言葉を、遮るように小隊長は言いました。
「たしかにすごい航統距離だ。1800浬も飛べる単座戦闘機なんて考えられない。8時間も飛んでいられるというのはすごいことだと思う」
「それは大きな能力だと思いますが」
「自分もそう思っていた。広い太平洋で、どこまでもいつまでも飛び続けることが出来る零戦は本当に素晴らしい。自分自身、空母に乗っている時には、まさに1000里を走る名馬に乗っているような心強さを感じていた。しかし−」
 そこで宮部小隊長はちらと周囲を見ました。誰もいないのを確かめてから、言いました。
「今、その類い稀なる能力が自分たちを苦しめている。560浬を飛んで、そこで戦い、また560浬を飛んで帰る。こんな恐ろしい作戦が立てられるのも、零戦にそれほどの能力があるからだ」
 小隊長の言いたいことがわかりました。
「8時間も飛べる飛行機は素晴らしいものだと思う。しかしそこにはそれを操る搭乗貞のことが考えられていない。8時間もの間、搭乗貝は一時も油断は出来ない。我々は民間航空の換縦士ではない。いつ敵が襲いかかってくるかわからない戦場で8時間の飛行は体力の限界を超えている。自分たちは機械じゃない。生身の人間だ。8時間も飛べる飛行機を作った人は、この飛行機に人間が乗ることを想定していたんだろうか」

 

(前掲書 P242−243)

 このリアリティとヒューマニズムが、この小説の全編に流れています。

 ゼロ戦そのものについて、参考文献を紹介します。
○定番の作品
 柳田邦男著の3部作『零戦燃ゆ 飛翔編』『同 熱湯編』『同渾身編』(文藝春秋 1990年)
○新しい発想も盛り込んだ新作
 清水政彦著『零式艦上戦闘機』(新潮選書 2009年) 


2 兵の視点

 特攻とは何なのか?
 これに迫る小説や著作は、これまでも幾多ありました。学徒兵の遺稿集、『
きけわだつみのこえ』もその一つでしょう。
 確かに、学徒兵は、短期の訓練でにわか仕立てのパイロットとなり、特攻隊に編入されて、多くの若い命を散らせました。彼らの「死に臨む哲学」は、気高く崇高なものです。
 しかし、特攻隊は、彼らだけで構成されていたわけではありません。
 実は、この小説に登場する戦闘機のパイロットたちの多くは、
学徒兵ではなく、もちろん、海軍兵学校卒業の士官パイロットでもなく、予科練繰練出身のパイロットなのです。
  ※新規に募集(志願)する
海軍飛行予科練習生、すでに海軍兵となっている者から養成する操縦練習生
 つまり、彼らは、太平洋戦争前または開戦後、志願して海軍のパイロットになった、学歴は小学校または高等小学校出身の下士官や兵、いわば、庶民階級出の兵士たちなのです。
 士官やエリートに焦点を当てるのではなく、一般の兵士を主役にした点は、辺見じゅんさんの小説『男たちの大和』と同じです。(→目から鱗の話『2005年男たちの大和 YAMATO』
 
 戦争の実像を描くという点からは、特別な存在よりも、普通の庶民階級の姿を描く方が、やはり、リアリティーを感じます。


3 感動の5つの要素

 前週の映画『必死剣鳥刺し』の批評(→)の中で、感動の4つの要素をお話ししました。
 1「剣の勝負」という殺伐な主題と、2親子・夫婦・恋人の情愛をたくみに混ぜ合わせ、しかも、3藩権力の持つ理不尽さへの抑えがたい怒りをも絡めて、そして、4最後は、ハッピーエンドに終わる。
です。
 この小説も、同じようにこの4つを備え、さらに、もう一つ別の魅力を加え、5つの要素を持っています。
 
1「戦闘機対戦闘機」の争いで相手を撃墜するという殺伐な主題2祖父とその妻(祖母)や周りに人々の情愛3戦争や国家権力がもつ理不尽さへの耐え難い怒り4祖父はどのようなパイロットだったのかの謎解き、そして、5最後はハッピーエンド
です。
 4の謎解きは、上でお話ししました。これが加わった分、さらに魅力的になりました。
 祖父が特攻機として出撃して戦死するというのに、
なぜ、ハッピーエンドなのか?これは読んでからのお楽しみです。このからくりこそが、この小説の最大のポイントです。


 作品中で、国家や戦争への怒り、理不尽さの象徴として描かれる、航空特攻ロケット兵器桜花。多くの犠牲者の割には、戦果はほとんどないという、無茶な兵器でした。東京の靖国神社遊就館の復元機。 


 文庫本1冊、876円でこれだけ感動。
 本当に本当に、読み応えのある本です。どうかみなさん、一度手にとって見てください。ただし、涙もろい人は、ひたすら涙、涙となります。タオルか、ティッシュ1箱のご用意を。

 最後に、この小説が上手に映画になることを願います。名作になります。まちがいありません。 


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