| 未来航路Topへ | | | メニューへ | | | 前へ | | | 次へ | |
各地の鉄道あれこれ12 |
全国各地の鉄道の話題あれこれについて紹介します。 |
各地の路面電車 その2 高知(土佐電気軌道) |
このページは、2010年3月13日に訪問した土佐の高知市内の土佐電気鉄道(土佐電鉄)の市内電車のレポートです。 |
土佐電気軌道に関する基本データは次のとおりです。
|
※ |
参考文献 このページの記述には次の本を参考にしました。 |
桟橋車庫 | 先頭へ | |
高知市内の南にある桂浜から市街地に入った私たちは、 高知港の桟橋通りへとやって来ました。この道は、そのまま高知駅前までつながり、はりまや橋から南は土佐電鉄桟橋線となっています。南端の終点、桟橋5丁目の一つ北にある桟橋車庫が今日の目的地です。 |
写真12−01 土佐電鉄桟橋線終点、桟橋五丁目電停 (撮影日 10/03/13) |
200形電車の204号です。1950年代に製造された古いタイプの電車で、この車両は1950年の製造だそうです。この少し前に都電に6000形という普及タイプが登場し、それが好評で各地にそのコピー版が現れました。これもその一つです。今年還暦を迎える車両です。 |
写真12−02 桟橋車庫前電停 (撮影日 10/03/13) |
桟橋車庫前電停の801号。こちらは下関市を走っていた山陽電気軌道の車両として1959年に製造されたものですが、1971年に山陽電気軌道が路線が全線廃止となり、高知に移ってきました。 |
写真12−03 桟橋通りから見た桟橋車庫の全景です。右側は本社ビルです。 (撮影日 10/03/13) |
さてさて車庫には着いてみたもののどこまで入ってどこまで撮影できるのか、ちょっと心配でした。普通はどこの鉄道会社でも一般市民が車庫の中に入ってくるのは歓迎しないはずです。とりあえず、本社ビルの玄関まで行って、たまたま通りかかった制服の形に聞いてみました。
何か拍子抜けでしたが、さすが、土佐電鉄です。現在残っている路面電車の運行主体としては、日本で一番歴史が古いだけのことはあります。創設は1903(明治36)年です。えらいもんです。立派です。 |
写真12−04 すごいですね。これが間近に見られるのです。 (撮影日 10/03/13) |
写真12−05 グッズ販売店(撮影日 10/03/13) |
写真12−06 古い転轍機(撮影日 10/03/13) |
写真12−07 時刻表 (撮影日 10/03/13) |
写真12−08 同上 (撮影日 10/03/13) |
本社ビルの1階の一番奥には、土佐電鉄グッズの販売店もありました。ただし、土日は休業で、記念品の購入はできませんでした。 |
|
写真12−09 101形ハートラム (撮影日 10/03/13) |
土佐電鉄の経営努力も、評価できます。市民の足として親しまれるためには、それなりの作戦が必要です。 |
写真12−10 ラッピング電車 (撮影日 10/03/13) |
土佐電鉄の車両にはいろいろなラッピングが施されています。ラッピングが始まったのは、1969(昭和44)年と早い時代からだそうです。1969年と言えば、大阪万博の1年前です。 |
|
写真12−11 おきゃく電車 |
写真12−12 奇抜な塗装の198号 (撮影日 10/03/13) |
どの鉄道会社にも、いろいろ面白い車両というのがあります。 |
写真12−13 (撮影日 10/03/13) |
写真12−14 (撮影日 10/03/13) |
桟橋通りを終点の桟橋5丁目電停までいった618号がまた戻ってきて、桟橋車庫に入ります。クロネコヤマトの宣伝塗装です。 |
591号・592号 旧名鉄美濃町線電車 | 先頭へ | |
さてさて、ここへやってきたのは、ただ漠然と路面電車を監察することが目的ではありません。
桟橋線を走っていると言うことは、じたばたしなくても、ここで待っていれば、やってくると言うことです。 |
写真12−15 旧名鉄591号 (撮影日 10/03/13) |
高知駅方面からやってきた、591号。名鉄美濃町線と同じ番号です。美濃町線廃線から6か月後の、2005(平成17)年12月から運行をはじめました。 |
久しぶりに見ました。591号です。 窓の形などちょっと違っています。ここへ来る前に大阪の工場で、少し改良が加えられたと聞いています。 |
写真12−16 名鉄市ノ坪車庫の591号 (撮影日 05/04/10) |
中央の少し見えている赤い車両が591号です。廃線の10日後の写真です。 |
写真12−17 同じく市ノ坪の591号 (撮影日 04/10/24) |
中央、架線柱の後ろの車両が591号です。こちらは廃線の半年前の写真です。両側の車両はともに解体されてしまいもう存在していません。 |
写真12−18 新旧の591号の比較です。 (撮影日 左10/03/13 右04/10/24) |
一番大きな変化は、乗降口が3カ所(3扉)だったのが、2カ所(2扉)になった点です。前方の窓枠も少し丸みを帯びました。また、行き先表示は、LEDになっています。少し色調が違って見えますが、太陽光とカメラの違いによるものと思われます。 |
さらにラッキーなことに、592号も続けてやってきました。 |
写真12−19 592号です。 (撮影日 10/03/13) |
上の時刻表によれば、15分後の次の車両が592号だったことになります。LEDの行き先表示は、「桟橋5丁目」となっています。 |
写真12−20 左592号 右591号 (撮影日 10/03/13) |
おかげで、旧美濃町線でもなかなか撮影できなかったお宝写真が撮影できました。591号と592号の同時運行です。手前の分岐線路は、桟橋車庫へ入る引き込み線です。 |
写真12−21 左592号 右591号、アップです (撮影日 10/03/13) |
左は、桟橋車庫電停を出て、終点の桟橋5丁目電停へ向かう592号。赤い尾灯が付いています。 |
高知城と土佐電鉄 | 先頭へ | |
最後は、この「各地の路面電車」のシリーズの核にしようと思っている、「路面電車と天守閣」です。 |
写真12−22 高知城大手門と天守閣 (撮影日 10/03/13) |
高知城は高知市内の中心部にある平山城です。 |
高知城も市街地の中心部にあり、周りをビルに囲まれているため、うまいアングルで撮影ができるかどうかちょっと心配でした。ところが、ところが、城下町を甘く見てはいけません。 |
写真12−23 天守閣と土佐電鉄電車です。 (撮影日 10/03/13) |
高知市内本町から見た電車と天守閣です。電車の左手奥には高知市役所が、さらに堀の内側、城の石垣のすぐ南下には、高知県庁があります。 |
江戸時代からある城の周りに市街地が連なり、大通りを路面電車が走る。その窓からは天守を仰ぎ見ることができる。 |
| メニューへ | | | 前へ | | | 次へ | |