交流記25クリル人の所で説明したように、ロシアは、キリスト教の中では、ギリシア正教会の系譜を引くロシア正教の信者が多い国です。
高校の教科書に出てくる話では、東西ローマ帝国の分裂によって、キリスト教会も東のコンスタンチノープル教会と西のローマ教会に分裂しますが、そのうちの、東のコンスタンチノープル教会を中心とするのが、ギリシア正教です。西ローマ帝国分裂後は、東はビザンツ帝国となり、教会もビザンツ教会とも呼ばれます。
そのあと、コンスタンチノープルがイスラム勢力に占領されビザンツ帝国が滅亡すると、ギリシア正教の伝統は、モスクワを中心としたスラブ人の国家へ受け継がれていきます。最初は、モスクワ大公国、続いて、ロシア帝国です。ロシア民族をはじめ広大なロシア帝国の版図に入った諸民族の中に、ギリシア正教(ロシア正教)が広がっていったのです。
しかし、共産主義国家ソ連の誕生後は、マルクス・レーニン主義の教義によって、「宗教は麻薬」とされていましたから、ロシア正教には受難の時代が続きました。
しかし、現実にロシア人がキリスト教徒をどう受け止めていたかは、教科書だけでは分かりません。
たとえば、こんな話が紹介されています。
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「 モスクワで旧市街の面影を残すグリボエードフ通り。「結婚宮殿」があるため、新郎新婦の仲むつまじいカップルが引きも切らぬが、5月14日(1983年)の盛況さは異様だった。朝から晩まで結婚行進曲が鳴り響き、レースのリボンをかけた乗用車「チャイカ」や「ボルガ」が列を成す。まるでモスクワ中の独身者が結婚式を挙げたかと思われるほどのにぎわいだった。
理由は簡単である。ロシア正教によれば、復活祭明けの祝日「クラースナヤ・ゴルカ(″赤い小山々を意味する)」に婚礼を挙げた夫婦は末永く幸せを保証される。この年は5月14日がロシア正教の″大安吉日々だったというわけだ。
この日、式を挙げたモスクワのある技術学校の同級生カーチヤとセリョージャの話によると、二人は最初は4月16日を予定していたという。しかし、田舎にいるカーチヤのおばあちゃんがこれを知ってかんかんに怒った。4月16日は斎戒期に当たるので、「こんな時に式を挙げるならもう縁切りですからね」。しかたなく、おばあちゃんのいう″大安吉日々に繰り延べしたが、カーチャは「大好きなおばあちゃんのために譲歩しただけで、私たちはいまも無神論者です」という。」 |
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今井博著『暮らしてみたソ連 2000日』(朝日新聞社 1985年)P190−191
著者は朝日新聞特派員として、1978年から1984年までモスクワ在住。 |
これによれば、昔を知っているおじいちゃんおばあちゃんの世代は、熱心な信者が多く、若者の中には、まったく信じていない人々も多いという感じでしょうか。もっとも、これは、何もソ連に限ったことではありませんが。
ともかく、ソ連当局は、人々の心が共産主義ではなく宗教に向かうのを恐れ、いろいろな手をうちました。こんなこともやりました。
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「 ソ連当局は、社会主義の担い手となる若者が復活祭のミサに行くのを何とか引きとめようと、あの手この手を使っている。ふだんは見られない西欧の映画や歌手をテレビ番組に加えたり、様々な催し物で若者の宗教への関心をそらすのに懸命。この年はポップ・グループ「アバ」がテレビに登場したが、なんといってもアイスホッケーの世界選手権が決め手だった、というのがもっぱらのうわさ。」
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これについては、ナターシャに本当かどうか確かめてみました。
私
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「 復活祭やクリスマスの日にみんなが教会に行かないように、テレビ番組の工夫をしていたということは、本当ですか。」
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ナ
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「本当です。1917年の革命以来、1970年代までは特にそうでした。」
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私
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「色丹島にはここ以外に教会はありますか?」
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ナ
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「マロクリリスコエの教会は、色丹島唯一の教会です。」
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私
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「誰かが、『色丹島で会った英語教師のダネリア先生は、熱心なキリスト教徒で』と書いていたのを記憶していますが、あなたか、あなたの夫は熱心な信者ですか。」
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ナ
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「それは、間違って伝わったか、あなたの記憶違いです。時々は教会に行きますが、熱心な信者にはあてはまらないと思います。」
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私
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「色丹島のロシア人のうち、ロシア正教の信者はどのくらいの割合ですか。」
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ナ
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「正確には分かりませんが、島民の3分の1ぐらいは、信者といえるのではないでしょうか。不熱心な人も含めてですが。」
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確かに、ソ連時代の施策のため、旧ソ連諸国では他の西ヨーロッパ世界やアメリカに比べれば、信者は少なく、教会も多くはないようです。
アメリカ・アイオワ州の友人スティーブの娘さんが、今、ウクライナ共和国に住んでいますが、彼女からのメールにも、「ウクライナはほとんど教会がない」と書いてありました。
ソ連が崩壊して15年。
今後信者は拡大していくのでしょうか?
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