岐阜県の東海道線あれこれ22 |
岐阜県の東海道線についてあれこれ紹介します。 |
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岐阜駅とその周辺4 JR・名鉄線と旧街道 |
前ページで加納駅や茶所駅を取材・撮影している間に、中山道や名古屋街道など、旧街道の現状についてレポートすべきだと思いつきました。 |
復習です 岐阜の町と昔の街道の解説です |
以前、「東海道線あれこれ14」岐阜駅の変遷1初代岐阜駅・2代目岐阜駅(こちらです→)でも説明しましたが、もう一度詳しく、古い時代の岐阜と加納の町と、通っていた街道の説明をします。 |
次は、街道の種類の解説です。 |
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加納の城下町は、概ね東北東から西南西にはしる中山道に沿って市街地が形成されています。加納城は、中山道に面した大手門から南に下がった場所に築造されていました。 |
@中山道と茶所踏切 |
岐阜市東部を走る名古屋鉄道の本線と各務原線は、旧中山道と岐阜街道の双方といくつも交差しています。その現状を例によって写真で紹介します。
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写真22−01 (撮影日 08/05/17) |
ここは旧中山道にある茶所1号踏切です。 |
写真22−02 (撮影日 08/05/17) |
写真22−01の石碑のアップです。茶所駅の下り線ホームへの入口に立つ「中山道加納宿」の標柱です。 |
写真22−03 (撮影日 08/05/17) |
茶所1号踏切を西側の八幡神社前から撮影した写真です。東から踏切を渡った所までは真っ直ぐ中山道が走っていますが、写真中央の横断歩道の所で中山道は写真の左手に曲がります。 |
A茶所と岐阜街道分岐 |
茶所駅のすぐ西に中山道から分岐して、名古屋へ通じる街道が南へ通っています。これを岐阜街道といいます。 |
写真22−04 (撮影日 08/05/17) |
茶所1号踏切のすぐ西にある中山道と岐阜街道が分岐する交差点すぐ南にある道標。「東海道いせ路」と「江戸木曽路」と刻まれています。 |
写真22−05 (撮影日 08/05/17) |
茶所駅の下り線ホームから撮影した名古屋方面の線路と茶所検査区に入ろうとする回送電車です。旧岐阜街道はこの線路のすぐ西側を真っ直ぐ南に向かっています。この線路が旧街道に沿って敷設されたことがわかります。また、茶所駅は両街道の分岐地点という、当時としては交通上極めて重要な場所に作られた駅です。 |
B加納大橋と加納宿 |
中山道に沿って、加納宿に入ります。 |
写真22−06 (撮影日 08/05/17) |
これは写真22−03の横断歩道の手前の交差点から、北の方角、中山道が直角に曲がって北に向かう方向を撮影したものです。途中の橋は、荒田川に架かる橋、加納大橋です。はるか向こうに茶所3号踏切が見え、赤い普通電車が通過中です。中山道は、その踏切の手前でもう一度左手(西)に曲がって、加納の城下に入っていきます。 |
写真22−07 (撮影日 08/05/17) |
加納大橋の南詰めにある加納宿と中山道の説明板です。後方を名鉄本線が通ります。さらにその向こうには、JR東海道線の高架橋が見えます。 |
写真22−08 (撮影日 08/05/17) |
加納大橋の南詰めにある加納宿を説明する案内板です。下の絵は、歌川広重の描いた「加納宿」の模写です。 |
写真22−09 (撮影日 08/05/17) |
加納宿と中山道の地図の案内板です。私の地図と違って、上が東、左が北になっています。中山道は点線で示されています。 |
C中山道と名古屋道 |
またまた道標があります。中山道はここで西に曲がります。真っ直ぐ進むと名古屋道です。 |
写真22−10 (撮影日 ) |
写真22−07の橋を越えてさらに進むと左手に伏屋米穀店があります。中山道はここで左に直角に曲がり、もういちど西へ向かいます。写真の駐車場に止まる車の手前に自然石に掘られた道標(安良町道標)があります。地図41の道標Bです。 |
写真22−11 (撮影日 08/05/17) |
自然石の安良町道標に刻まれた文字は、「右岐阜・谷汲」、「左西京」です。 |
写真22−12 (撮影日 08/05/17) |
茶所3号踏切から北北西の方向、旧名古屋道(現安良田町通り)を撮影した写真です。安良田町の北部で加納城下から北上してきた岐阜街道と繋がり、市の中心部である元町へ向かいます。 |
D広江の道標 |
広江には中山道と岐阜街道の分岐地点があります。 |
写真22−13 (撮影日 08/05/18) |
この写真は、安良町道標から西南西に進んだ中山道が加納城大手門に向かって、南に曲がる交差点です。写真の右手の交差点のあるところが安良町道標から来た道(新町通り)が、撮影者の私が立っている方向(南)へ90度曲がります。 |
写真22−14(撮影日 08/05/18) |
写真22−15 (撮影日 08/04/28) |
左 写真22−13の道標のアップです。 右 その説明板です。 |
写真22−16 (撮影日 04/11/13) |
上の道標の北にあるのが写真の広江1号踏切です。 |
写真22−17 (撮影日 08/08/30) |
広江1号踏切(写真上左角)と広江2号踏切(中央上白い建物の左)を過ぎて北にカーブし、名鉄岐阜駅へ向かう普通電車。 |
E高砂町と旧給炭所・給水所 |
加納から岐阜街道を北上すると、現在では、JRの高架をくぐって、高砂町に入ります。 |
写真22−18 (撮影日 08/05/18) |
高砂町と清住町の交差点です。左手が広江(加納)方面です。広江1号踏切を渡って岐阜街道を北上すると、JRの高架線をくぐって、この交差点に出ます。ここで岐阜街道は、一旦東(手前の方角)にまがり、幸ノ町に向かいます。 |
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※上の写真は、岐阜シティ・タワー43の展望室から撮影しました。 |
写真22−19 (撮影日 08/05/18) |
写真22−01の撮影場所より東、岐阜街道がもう一度北側へ曲がる手前から、高砂町トンネル方面を撮影しました。岐阜街道はここから幸ノ町を北上して、安良田町へ向かいます。 |
F旧岐阜街道と元町通り1 |
現在の清住町通りを真っ直ぐ南へ下ると、加納から北上してきた旧岐阜街道とつながります。 |
写真22−20 (撮影日 08/05/18) |
旧加納道踏切(広江踏切)方面を、北側の岐阜中央郵便局から撮影した写真です。(正確には中央郵便局隣の駐車場ビルからの撮影) |
G旧岐阜街道と元町通り2 |
旧岐阜街道は、幸ノ町を北上した後、やや東に向かって、現在の名鉄各務原線安良田町踏切手前で、元町通りと合流します。明治になって、この道が真っ直ぐ延長された道が築かれ、名古屋道と呼ばれました。 |
写真22−21 (撮影日 08/05/18) |
元町通りから安良田町茶所方面を撮影しました。 |
H旧岐阜街道と元町通り3 |
だんだん長くなってきましたので、この辺でこのページを終わりにします。 岐阜街道は、2筋の道が結ばれて1本となり、現在の元町通りとなていま。 |
写真22−22 (撮影日 08/05/18) |
元町にあるY字路です。 |
岐阜街道は、上のY字路から北上(手前側)し、美園町・金屋町を経て、旧岐阜町の市街地へ入っていきます。 |
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