2002-3  

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039 2002年11月15日(金)東京                                    メニューへ 

 久しぶりに東京へ出張しました。文部科学省主催の研究協議会に出席です。
 本来の職務をちゃんとこなすことはもちろんですが、何しろ、6月に、東電OL殺人事件現場へ行って以来、約半年ぶりの東京です。官費で東京へ行けたのなら、そのチャンスは、最大限に生かさなければなりません。

 2日間の会議の合間を縫って、昼休みに、朝に、夜に、あちこちまわりました。おかげで、二日間で、新幹線往復も含めて17本も電車に乗りました。
 訪問した先を書きながら、この取材の意図、併せて昔の思いでをちょっと書いてみます。

 銀座通りの鳩居堂、高級和紙でできた手紙セットなどを扱う文具店です。でも、文具を買いに行ったのではありません。その斜め前の、銀座三越百貨店にも行きました。これも買い物が目的ではありません。
 銀座通りを少し北上して、次は、明治屋ビル。これは名古屋にもある例の輸入食料品などを扱っているお店です。ここでも買い物はしませんでした。
 この2カ所の写真が撮れたので、これがまた、あとでクイズに化けます。

 会議は、九段下の九段会館でありました。
 九段といえば、靖国神社です。
 神社に参拝し、大村益次郎の銅像の写真を撮ってきました。地歴公民科の教員として靖国神社ことを書くのは、なかなかデリケートな問題ですが、敢えてやろうと思います。
 九段坂横の千鳥ヶ淵の桜並木の落ち葉を踏みしめながら、千鳥ヶ淵戦没者慰霊苑にも行きました。この国は、国のために命を落とした人について、どう教育しろといっているのでしょうか。重い、重い問題です。
 晩秋の千鳥ヶ淵の桜並木は、何故か、捨て猫と捨て猫に毎日餌をやりに来る老婦人、群がるカラスとホームレスのおじさんという、奇妙な取り合わせでした。
 
 九段坂の途中、北の丸公園には、武道館・科学技術館があります。科学技術館は、中学校の修学旅行で来た思いでがあります。そうそう、電車は「こまどり号」でしたっけ。(若い方には何のことか分からない。)
 
 北の丸公園には、国立公文書館があります。
 大学4年生の12月(1976年)、この公文書館で大正時代から昭和初期にかけての文書を、必死になって書き写しました。
 神田のビジネスホテル、1泊4200円に止まって4泊5日。昼ご飯も食べずに延べ30時間ほど、この年はじめて公開された枢密院の議事録を、自分のノートに書き写しました。古文書は、コピーすることはできません。ひたすら写すだけです。
 この苦労は、大学の卒業論文、「大正・昭和初期の枢密院の史的研究」の中心部分になりました。
 国語が苦手で、作文が大嫌いな私が、原稿用紙200枚もの「労作」(担当教授の表現、秀作とはいってもらえなかった)を書けたのは、この公文書館での苦労の賜物でした。素材さえあれば、表現することは、自然に出てきます。
 
 九段坂のある通りは、その名も靖国通りといわれています。そこを東へ下ると、神田神保町、古本屋街です。
 東京へ来るといつも立ち寄る神田の古本屋街です。ここで宝物が見つかると、現物教材のリストの項目が増えていきます。
 今回は、昭和40年から50年にかけての週刊少年マガジンをいくつか買ってきました。僕らが少年時代に読んだ、少年マガジンです。これも、ちょっとした世相考察に仕立てる予定です。

 最後は、地下鉄大江戸線、両国駅で降りて、江戸東京博物館です。この博物館は、木曜日と金曜日は、午後8時まで開館してくれます。パリのルーブル美術館の夜9時半までには負けますが、こういうサービスは、日本のお役所仕事にしては画期的です。
 
 夜6時半に入館しても、特別展は、結構な人でした。
 この秋の特別展は、本田宗一郎と伊深大。あの、HONDAとSONYの創始者の特別展です。ビデオを見て、涙もろい私は、ハンカチを取り出しました。自分史ともつながる、貴重な時間の流れです。
 T型フォード、ホンダカブ、N360、F1カー、トランジスタラジオ、ウォークマン・・・・・。実物の貴重な写真が一杯撮れました。

 私の旅行は、いつも駆け足大急ぎ。おかげで、犠牲になるのは、食事です。今回も、二日間で、4食がパンとおにぎりでした。ジョギングなしでも、やせたかな。
 今週末と来週は、また、睡眠不足と戦いながら、このページの原稿を書きます。よろしく。  


040 2002年11月30日(土)師走の大計画                          メニューへ 

 今週末は、昨週末の映画鑑賞に続いて、連続で映画にいくはずでした。先週見たのは、デンゼル・ワシントン主演の『ジョン・Q 最後の決断』です。
 今週末に見に行くはずだったのは、真田広之主演の『たそがれ清兵衛』でした。
 
 前者は、心臓病で死期が迫る息子のため、父親ジョン・クインシー・アーチボルトが、何と病院占拠を企てて、息子の命を救うという物語です。もちろん、大俳優デンゼル・ワシントンですから、誰もひどい目には遭わせません。金の亡者風の女性病院長も「改心」させてしまいます。
 映画の中で、父親役や母親役がぽろぽろと涙をこぼします。それにつれて、乗客もすすり泣きです。

 しかし、私は、そういうのは、あまり好きではありません。
 本人が凛と堪えていて、それが悲しいというのが、私にとってはツボになります。
 父親が病院占拠を決断した直接のきっかけが、電話で妻から「なんとかしてよ」とどなられたから、というのも、なんかねぇ。アメリカ的な家族愛です。

 一方、『たそがれ清兵衛』は、あくまで日本的です。
 物語は江戸時代の某藩。
 妻に先立たれ、二人の娘のために、必死で働く父、井口清兵衛=武士の奮闘記です。上司からある人物を暗殺するように命令され、その理不尽さに憤慨しながらももくもくと仕事をする。思いを寄せる幼なじみ(初恋)の女性=朋江(宮沢りえです。この子、また美しさが復活しました。)にはふられてしまいます。
 しかし、どんなことがあっても、日本の武士ですもの、途中で泣いたりしません。「武士は喰わねど高楊枝」なのですから。
 
 そして、藩命を成し遂げて、家に戻った清兵衛を待っていたものは・・・・。
 ご安心下され。この物語も、ハッピーエンドです。
  ※『週刊朝日』11/29日号の「『たそがれ清兵衛』泣どころ」より

 ラストシーンは、娘の語りです。
 「父は出世などを望むような人ではなく、自分のことを不運だとは思っていなかったはずです。私たち娘を愛し、朋江さんに愛され、充足した思いで短い人生を過ごしたに違いありません。そんな父のことを、私は誇りに思っています。」

 いいじゃありませんか。私、週刊誌で読んだだけで、ウルウルです。
 こんな「プロジェクトX」のような人生、送ってみたいものです。(話違いますが、今年はついに、中島みゆきも、紅白歌合戦初出場です。そうです、あの主題歌です。)
 
 あなたはどちらの映画を見ます? 
 『ジョンQ』は始まったばかり、『たそがれ清兵衛』はもうすぐ終わりです。後者の場合は急いでください。

 ところで、私が今週末『たそがれ清兵衛』を見に行けない理由ですが、相棒の無口な映画評論家次男Yが、後期中間考査でしくじってしまい、母親から、「娯楽禁止令」を受けてしまいました。
 「あなたも連座!!!」(なぜだ、なぜだ×10000)(-_-;) 現実はジョンQの人生に近いようです。
 誰かこっそり誘ってくれませんか?
 
 いえ、今日のは、こんな話ではありません。
 現在、我が家では、二つの大計画が進行中です。

 その一つは、このウエッブサイト『未来航路』の、URLの移転です。
 開店以来、皆様のご支援で2年間ひたすら発展を続けて来ました結果、サイトの総容量はまもなく10メガに近づきます。
 この無料のサーバー、ジオシティーズでは、早晩限度が来てしまいます。

 そこで、二つの移転先を確保しました。
 ひとつは、トクトク系の有料の hotspace で容量無制限です。これをメインにするつもりです。
 もうひとつは、インフォシーク系の無料の isweb で容量50メガです。

 ところが、こういうのってのは、何の不具合か分かりませんが、すんなりうまくいかないものです。
 今の状況は、次の通りです。
  ・hotspace(まだアクセスできないと思います。5000円余も払ったのに。(T_T)) 
  ・isweb(配色が無茶苦茶です。カウンターも作動しません。)

 うまくいったら、2003年1月1日を期して、新装開店となります。その時は連絡しますので、よろしく。

 もう一つは、3男Dのニュージーランド渡航です。
 1995年末以来続いている我が家とニュージーランドのレスリー家との交流の第4弾として、中学1年生の3男をニュージーランドへ単独で2週間行かせることにしました。(これまでの経過は、こちら参照
 
 可愛い子には旅させろです。彼が面白い体験してくれば、また、旅行記のページで紹介ができます。乞うご期待です。

 さて今年もあと1ヶ月、うまく年が越せますように。  


041 2002年12月18日(水) 中里村大騒動                      メニューへ 

 掲示板にも少し書きましたが、未来航路で10月12日に掲載していた、新潟県中里村の「雪国はつらつ条例」の間違った記述の件が、12月17日(月)の毎日新聞に掲載され、同時にいくつかのインターネットのニュースに掲載されました。

 東京書籍の、ちょっと信じられないミスは、中里村のところだけではなく、他にもいくつかありました。私は仕事の関係から、すでに10月の時点でそれらを知っていました。

 いつか大きな話題になるだろうと思っていましたが、ついに、17日とそれから今日18日にも各紙がその実態を報じたのです。
 その結果、我が未来航路に大事件が起きてしましました。

 それに気が付いたのは、17日に深夜遅く家に帰って、パソコンで新着メールのチェックをした時です。
 いつもは最大でも10本ぐらいの新着メールが、この日は、なんと30本ほどもありました。しかも、5本ものウイルスメールも含まれていました。
「うへっー、どうなっとるの???」

 メールのほとんどは、「中里村」やほかの部分の未来航路の記述についての意見メールでした。そういうメールは、これまで1ヶ月に数本だったのに、それがこの日は1日に20本近くです。
 メールを読んでいくうちに、その理由が分かりました。

 インターネットのYahoo News が、中里村の関連サイトとして、この未来航路へのリンクを貼っていたことが原因でした。
 もしやと思ってトップページのカウンターを見ると、なんと前日より、1日でおよそ900ほど増加しています。それまで、1週間で多くて150ぐらいしかアクセスがなかったサイトに、1日で900です。たまげました。
 そのうちの、ほんの数%の方が、メールで意見を送られたというわけです。
 田舎の駄菓子屋へ、観光バスが50台ほど乗り着けて大量にお客が来たって感じです。

 インターネットのすごさを思い知らされました。

 これは私のいけない所ですが、未来航路の膨大な量のページ数のかなりの部分に、チェック不足から誤字脱字があって、そのままになっていました。教科書の記述ミスを指摘した本人が、誤字脱字一杯では、あまり洒落になりません。

 というわけで、いろいろな意見をいただきました。

  • 大学生の「常識欠如」を阻むべく頑張って欲しいと励ましてくれた、静岡のSさん

  • 歴史の見方がかわるといってくれた、京都のTさん

  • 誤字脱字が多いと言って二日に渡って「チェック」をしていただいた、名工大のKさん

  • しっかり書こうとしている姿勢が誤字脱字で価値が落ちちゃいますといってくださった、仙台のSさん

  • 新潟県を馬鹿にしているとお叱りをいただいた、Fさん、Eさん

  • 間違いの指摘は慎重にという意見の、Nさん

 自分は、「まあぼちぼちやろう」と思っていても、これまたインターネットの怖さです。オーバーですが、常に世界から批判の目が集まっていることを、肝に銘じて、書き進めなければなりません。同時に、中里村を応援したつもりが、全く反対に受け取られてしまうという、表現力の難しさも実感しました。

 しかし、これまた、ゾクゾクする挑戦です。
 ご意見をいただいた皆様、本当にありがとうございました。



042 2002年12月21日(土) きりしま、「亡国のイージス」、映画「K19」             メニューへ  

 海上自衛隊のイージス護衛艦「きりしま」(7250トン)が16日朝、神奈川県の横須賀基地からインド洋北部のアラビア海に向け出航しました。

 いろいろ反対のある中、ついに「出撃」です。
 政府の発表では、
テロ対策特別措置法に基づき、米英艦への洋上給油を担う海自補給艦を警護するのが直接の任務ということです。しかし政府は、さらに、米軍がイラク攻撃に踏み切った場合、米空母が集結するペルシャ湾で「きりしま」に、日本タンカーの護衛などに当たらせる海上警備行動を検討しているとのことです。

 御存知と思いますが、海上自衛隊の護衛艦がインド洋に派遣される理由は、2001年9月11日のニューヨークWTCビルのテロ事件の報復として、アメリカ軍が進めているアフガニスタン攻撃に、日本が協力していることによります。上述の
テロ対策特別措置法は、海上自衛隊の派遣を可能とするために昨秋制定されたものです。

 現在、インド洋には呉の第4護衛隊群のDDH「ひえい」とDD「はるさめ」と補給艦「とわだ」が派遣されています。
 ※「きりしま」も含めて、海上自衛隊の護衛艦については、現物教材「海上自衛隊護衛艦セット」参照


 「きりしま」はこのうち、「ひえい」と交替するのですが、DDH「ひえい」とイージスDDG「きりしま」とでは、本来護衛艦としての機能が全く違います。

 「きりしま」が搭載するイージスシステムは、探知範囲約500キロの高性能レーダーで200以上の目標を捕捉し、10以上の目標をミサイル誘導で同時攻撃できる優れものです。米軍との高度のデータ交換や共同作戦も可能であることはいうまでもありません。
 もし対イラク戦争になった場合、「きりしま」が十分にその能力を発揮して、 米軍に協力することは、普通に予想されることです。憲法上禁止されている「集団自衛権の行使」に、敢えて踏み込もうとしているという反対論が起こるのは当然です。

 政府は、「艦艇のローテーションや居住性、イージス艦の情報収集能力が隊員の負担を軽減すること」などを強調して、今回派遣に踏みきりました。
 しかし、憲法論議については、十分議論のないまま、強引な出港となりました。
 
 防衛庁は「米軍とは、直接武力行使につながる情報は交換しない」と説明していますが、それは密室の中の話、核兵器の持ち込みと同じで、極めて黒に近い灰色と思われても致し方ありません。
 日本は、55年体制の崩壊以降、いろいろなことをなし崩しで進めてきた観がありますが、ここでまた、一つ進めた気がします。
 このニュースは、授業では政治・経済や現代社会、日本史、世界史の授業の大きな要素にしなければなりません。

 話は変わります。
 イージス艦と言ったら、
福井晴敏著『亡国のイージス』(講談社1999年)を紹介しないわけにはいきません。
 私が、この5年間に読んだ本の中で一番面白かった本です。
 舞台は海上自衛隊と護衛艦、背景は日本・アメリカ・朝鮮半島の政治という、ハードボイルドな小説ですが、謎解きミステリーとしても最高傑作です。
 そして何より、今の日本が一番欲しがっている、「頑張って生きようよ。きっと明日はいい日が来るさ。」というトーンが全編に溢れた作品なのです。
 
 元同僚の国語のO先生(女性です)の評です。  

  • 別に軍艦マニアでなくとも、充分楽しめました。

    何というか、全編、生きること投げちゃだめだっていう励ましなんですね。

    少々説教くさいかなと思うけど、でも説教するおじさんがやはり家庭問題に悩んでるってとこが、いかにも現代的で、共感してしまいます。

 実は告白しますが、この小説のラストの場面のイメージは、私にこのサイトのタイトルを「未来航路」とさせるきっかけとなったというものです。

  • 隣に並んで、仙石も負けずに叫び続けた。二人の声に押し出されて、護衛艦の形は徐々に小さくなり、東の水平線を目指して遠ざかっていった。その行く手には夜があり、夜明けがあり、まだ誰も見たことのない明日があるはずだった。

 映画「K19」を見ました。
 ケネディ、フルシチョウフ時代の米ソ冷戦まっただ中に起こった、ソ連原子力潜水艦K19の物語を、何と当時の敵国のハリウッドが映画化したものです。
 原子炉部品の杜撰な管理の結果生じた原子力潜水艦の冷却水漏れ事故。
 東西対立の舞台北大西洋で原子炉爆発が起これば、米ソ両国の核ミサイルの発射へと発展か・・・・・・。という緊張した場面での、潜水艦艦長(主役はハリソン・フォード)と乗組員の必死の努力を描いたものです。戦闘シーンはありません。ひたすら、潜水艦とソ連軍の内部を描いた物語です。

 ロシア語ではなく、ロシア語なまりの英語のセリフ(これは実に面白いものです)という点がちょっと滑稽ですが、いい映画です。お薦めです。

 イージス艦「きりしま」には、艦長以下250人の日本国の自衛官が乗って、任務に就いています。
 どうぞご無事で。
 どうぞあなたがたが、戦争になぞ巻き込まれませんように。
 心から祈っています。


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