全体として龍が体をくねらせているような形状の路線となっているのがわかります。
ドラゴンレールという愛称が付いたのはまだ新しいですが、この路線は、「歴史的」にも有名な路線で、以前は、「鍋鉉(なべつる)」線とあだ名されていました。あだ名の理由は、陸中門崎ー猊鼻渓(げいびけい)ー摺沢(すりさわ)ー千厩(せんまや)の部分で、鍋の取っ手(正確な漢字を使えば、鉉=つる)のような形をしているためです。なお、この部分の表現を、「鍋弦」や「鍋蔓」と表現している書物もありますが、漢字の正確な意味からは、「弦」(ゆみのつる)、「蔓」(植物のつる)ではなく、「鉉」(鍋等の取っ手)です。
この部分は何故このような形をしているのでしょうか?
地形的に陸中門崎ー千厩間に、山岳地帯とかがあって、鉄道敷設に向いていないという理由はありません。それが証拠に、国道284号は、気仙沼ー一関間をほぼ直線で結んでいます。国道は陸中門先駅の近くでは、やや南に迂回してそのまま千厩に向かうルートを通っており、この地域が鉄道敷設に適さない土地というわけではありません。陸中門先と千厩を直接結ばないで、猊鼻渓-芝宿-摺沢方面を大きく迂回した理由は、一体なんでしょうか?
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