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人類はどこで誕生したか
   
 □200万年前から400万年前へ 02/12/29作成 
 人類はどこで誕生したか 従来の通説

人類がどこで誕生したかは、高校の世界史の教科書レベルには詳しくは書かれ


アフリカを南北に貫く「大地溝帯」。幅30qから60q、長さ6000qに及ぶ、大陸移動によって生じた大地の裂け目。現在も多数の大きな湖や火山が連なっている。

ていません。しかし、通説では、アフリカ東部のエチオピアからタンザニアにいたる大地溝帯で、古い化石が発見されていることから、その地のサバンナでもとは森に住んでいたサルが直立二足歩行し、人間になったと考えられています。
 ※直立二足歩行については、何だこりゃ「直立二足歩行のプラスとマイナス」

 現在に至るまで人類の誕生を考える主流の説では、この大地溝帯で起きた自然環境の変化が、人類の誕生を促しました。その概略を説明します。

 今からおよそ500万年前から250万年ほど前の間、それまでアフリカの中央地帯と同じくジャングルに覆われていたこの地に大規模な断層の活動が起き(といっても1年に数o程度の変化ですが)、大地溝帯の東側はしだいに乾燥化していきます。これによってこの地は、現在の様なサバンナへと変容していきました。

 この地でそれまで豊かな森の中で過ごしていた人類の祖先のサルは、新しい環境に適応すべく進化を遂げました。
 つまり、それまでのジャングルとは違い見晴らしのいい、反対に言えば危険の多いサバンナで、獲物と敵を見つけるためにあたりを気にしながら暮らすことを余儀なくされたサルたちは、「より遠くを見ることが有利」という要因によりより目線を高める方向へ進化していきました。そして、ついに、彼らは、直立二足歩行という形態を手に入れ、人類の祖先となったのです。
 そして、この人類の祖先がその後世界各地に移住し、現在の我々につながっていったのです。

 余談ですが、遠くを見るためにすくっと立ってくれたおかげで、今のような外観を持

今から200万年前の人類、アウストラロピテクスの化石の模型。明治大学考古学の博物館所蔵。

つにいたったわけで、これが少々違っていたら、首だけが伸びたキリンと同じだったり、眼だけがにゅうっとのびたへんてこな生物になっていたかもしれません。

 ついでにいえば、人類の祖先のサルと同じ頃に生きていたサルで、そのまま森の中にとどまったものがいました。彼らはやがていくつかに分化し、現在に至りました。これが人類と最も似通った生物とされている類人猿、すなわち、ゴリラ・チンパンジー・ボノボ(ピグミーチンパンジー)です。

 この「サバンナ説」は、ごく常識的な社会科の先生の授業では必ず登場し、従ってそれを習った多くの方の常識となってきました。私自身も、これまでの授業では基本的には、この発想で教えてきました。
 そして、

人類誕生はいつ頃かというと、これも、自分の高校生時代も含めて、1980年代までは、「今から200万年前」と教えられてきました。


 ルーシーの発見とサバンナへの疑問

 ところが、多くの方そのように教室で授業を受けている間に、それとは違った考えを促すような発見がなされていました。
 1974年にエチオピアのハダールでかなり古い地層から人類の化石が発見されました。化石番号AL-2881、のちにルーシーという愛称で呼ばれることになったこの化石は、それまでのサバンナ説に再考を迫ることになります。
 
 まず第一に彼女が生きていたと判定された時代が古すぎました。そのころ歴史の教科書には、「人類は約200万年前に登場し」と記述されていましたが、このルーシーは、今から350年前に生きていたと推定され、しかも、すでに時折は直立二足歩行をしていた形跡を紛れもなく示していました。
 第二に、彼女は、乾燥したサバンナで死んだのではなく、水分の多いエチオピアの森の中で死んでいました。

 上にも書いたように、それまでは、サバンナという環境は、今から約500万年年前から250年ほど前の間に次第に形成されていったと説明され、それが人類を出現させる推進力となったとされてきたのですから、このルーシーの発見は、その定説に対して、再考を迫るものとなったのです。

 その結果、サバンナ説の修正版である、サバンナモザイク説が登場しました。
 これは、今から約800万年前から徐々に形成されたアフリカ大地溝帯の東側では、湿気の多い森と比較的乾燥したサバンナとが混在する時期が長く続き、その中で人類の祖先たちは、時には森から森へ移る際に、乾燥したサバンナを通らなければならず、その過程で、直立二足歩行へと進化したという考え方です。

 つまり、新しい化石の発見によってさかのぼってしまった人類誕生の起源を、あくまで「サバンナ」的要素で説明しようとするもので、自然環境の変化の方に符合させるために、森とサバンナのモザイクという自然環境を想定した説です。
 現在でも、基本的には、このサバンナモザイク説もしくは、「サバンナ」的発想が、高校の教師も含めて人類誕生を説明する人々の主流となっています。

また、ルーシー発見以後、もっと古い人類の化石が発見され、現段階では、最古の人類の化石は、エチオピアのアファールから発見された
ラミダス猿人とされています。その年代は、ルーシーより90万年近く古い、今から440年前ぐらいのものとされています。世界史の教科書にも、「その出現は約400万年前にさかのぼる」と表現されています。

 私事で余談ですが、教師というものがどれだけ限界があるものかを付記します。
 ルーシーが発見されたのは、1974年です。私はその時まだ大学生で、いくらでも新しい知識を吸収できる立場にありました。しかし、国史学専攻で「大正・昭和政治史」研究者であった私は、とてもはるかアフリカの大地に思いをはせる余裕はありませんでした。
 その後に世界史教師として採用されたわけですが、それから以後ルーシーの話は、数度は読み聞きする機会がありました。しかし、その事実は、私自身の「サバンナ」的発想を覆すまでにはいたりませんでした。
 
 人が一度抱いた自分の考えに疑問を持つということは、そう簡単でないことが、私自身にもあてはまります。
 その結果、今まで私が教えた数百人の生徒は、「サバンナ」的発想に何の疑問をはさまない授業を受けてしまったことになるわけです。
 教師が、「毎年同じことをやっていてはいけない存在」であることを、もう一度自戒せねばなりません。


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