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直立二足歩行のプラスとマイナス
   
 □歴史を教える上で大切なことは、複眼的な視点02/12/29作成 

 未来航路のいろいろなところで書いていますが、歴史や公民を教えていく際の重要なことは、物事をいくつかの視点から見る能力を養うと言うことだと思います。
 「徳川吉宗はよい将軍か」等という質問は愚問であり、一人の政治家の善し悪しなど、図るスケールによって全く異なることを児童生徒に教えていかなければなりません。

 ここではもっと壮大な話からスタートしましょう。
 酸素という言葉を聞いて、悪い感情を持つ人は普通にはいない。しかし、実は、それとても、地球とその上の生物の進化の歴史では、はじめから「よいもの」ではなかった。
 
 地球の大気は、始め酸素なしで始まり、最初の生物は、そこで生を受けて進化しました。ところが、やがて太陽の光を利用して光合成を行う生物が出現し、大気に酸素が含まれる分量が増えていきます。酸素は、当初は、光合成の工場が出す「やっかいな廃棄物」に過ぎませんでした。
 やっかいなといったのは、酸素は、ものを燃やす性質を持つものであり、入念かつ複雑に組み立てられた有機物でもたちまちにして破壊し、灰にしてしまいます。金属にとっても、酸素のある大気では、錆と化します。
 
 大気に酸素濃度が高くなってきた時、生物が選択しうる道は二つありました。
 第一は、生命体としてのこれまで通りの構造を守るため、地下や海底の泥の中など、酸素のない環境に移住することです。事実、今日の生物学で「最も原始的」だと考える生物のすべてが、そうした環境で生き延びてきた「嫌気性微生物なのです。
 第二は、酸素に慣れてしまうことです。18億年前ほど前、最も古い真核生物が現れ、遺伝子DNAを核の中にしまい込んでしまう一方、独立した細菌様の生物だったミトコンドリアを取り込んで、酸素の毒を専門に処理する工場を、細胞内に作り上げたのです。この海表面を浮遊していたプランクトンこそが、酸素を利用する生物への進化の第一歩でした。
 ※カール・セーガン、アン・ドルーヤン「人間に刻まれた進化の歩み はるかな記憶」『朝日新聞』(1993年11月9日朝刊)

 人類の起源は、「変なサルが直立二足歩行」した瞬間に始まりました。今からおよそ400万年かもう少し前の話です。
 歴史の授業のスタートは、この直立二足歩行から始まります。私たちが今日あるのも、この変なサルたちのおかげです。
 現在の生活では、直立二足歩行ではない状態、わかりやすくいえば、地面や床を四つ足で這い回るという状態は、もしやって見ろといわれれば、我々人類にとっては極めてうっとおしいものです。二本足で立ち、手が使える方が、極めて便利なことはいうまでもありません。

 しかし、ここで、生徒諸君には考えてもらわなければならないことがあります。上述の酸素と一緒で、直立二足歩行することは、必ずしもいいこと(プラス)ばかりというわけではなく、それによるマイナスも十分にあったことを。
 
 まっすぐに立ったおかげで、人類は、いろいろな「苦」を持つに至りました。授業で尋ねてみると、意外にすぐには答えはでてきません。少しヒントを挙げると、次のようなことがでてきます。

  • 子孫を残すという生物最大の仕事において、難産という大きな課題を持つことに至った。(これは、4足歩行時代は内臓の重みを腹筋が支えていたのを、骨盤が支えるようになったため、左右に開いていた骨盤が閉じてしまったためです。

  • 背骨の病気、腰の病気、胃下垂その他もろもろの人類特有の病を持つに至った。(これはもちろん、頭からの重量が、すべて背骨と腰にかかってしまうからです。膝の痛みというのも、人類特有のもです。)

 お産や腰痛といえば、ごく日常的に我々が意識しているもの。
 人類の祖先の変なサルたちは、直立二足歩行によってプラスを手にしたのですが、そのために払ったマイナスも大きかったのです。

 直立の結果ゆえのプラスとマイナスのことで、医学の専門分野に関する興味深い話があります。
 それは、音声の発生という分野です。
 人間は立つことによって、のどの奥の空間を広げることができました。右図上の緑の部分、咽頭腔(いんとうくう、つまり、のどの奥の空間)を広げることができたのです。この結果、サルにはできない音が出せるようになりました。つまり、声帯から出す振動に、咽頭腔を共鳴させたり、舌を動かしたりする加工を施すことによって、豊かな母音や音節を区切った音を出せるようになったのです。
 人の赤ちゃんは、まだこの空間が発達していませんから、物理的にも生まれたての頃は、おしゃべりはできないのです。
 
 ではこのことマイナス面は何でしょう。
 2000年の1年間で、日本全国でのどに食べ物を詰まらせて窒息死した人は、何と、約4000人もいます。交通事故の死者数の約半分が、食べ物が詰まってなくなっています。もちろんその多くは老人です。

 この事故の原因は、ほ乳類ののどの複雑な構造にあります。
 右図でわかるように、ほ乳類ののどは二つの機能が交錯しています。

  • 鼻腔→喉頭(いんとう)→気道→肺  空気の道

  • 口→咽頭(こうとう)→食道→胃   食物の道

 気道が前面にあるため、この二つの道がのどの奥で、交差しているのです。このため、食物が気道に混入するという事故が発生します。これを防ぐため、ほ乳類は食べる時には大脳が反射的に働いて、気道の蓋を閉めるという手段進化させました。その蓋が喉頭蓋(こうとうがい)です。
 老人になると、この機能が低下し、食物を気道に詰まらせてしまうのです。

 同じほ乳類でも、4足歩行の動物は、この危険が少ないのです。右図下は、チンパンジーののどを示していますが、気道の入り口、喉頭蓋が人間に比べて非常に高い位置にあるため、鼻腔から気道への通路の確保が簡単です。
 実は人間の赤ちゃんの場合も、同じような構造を持っているため、お母さんの乳を飲みながら、気道を確保しつつ、鼻で息ができます。その時、お乳は、喉頭蓋の脇から食道に入っていくのです。なかなか優れものの構造です。
 ※『朝日新聞』2001年10月24日夕刊
 
 つまり、人間は、直立することによって、のどに食物が詰まるというマイナスと引き替えに、細やかな言語を話すというプラスを手に入れたわけです。これは大きなプラスですね。

 余談ですが、老人がのどに食物を詰まらせた時の最も強力な排出器具は、掃除機です。いや、冗談ではありません、これはまじめな話です。あまりやりたくはありませんが。
  ※何だこりゃったら 何だこりゃ「人間なるが故の痛み1」 「人間なるが故の痛み2」
       


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