西濃鉄道石灰石専用列車と
大垣赤坂金生山09
 通称「矢橋ホキ」って知っていますか?貨物列車の1編成から産業と故郷を考えます。
| 未来航路Topへ | | メニューへ | | 前へ | | 次へ |

 西濃鉄道3 積み込み完了 乙女坂駅出発  

 このページでは、前ページの宿題の解説と矢橋ホキの乙女坂駅出発を説明します。 

 【参考文献】
 白井良和著「西濃鉄道」『鉄道ピクトリアル 1965年7月号 臨時増刊』(私鉄車両めぐり 第6分冊)

 まずは宿題の確認です 矢橋ホキ1番列車と2番列車の違いは?

 前ページの最後で、ある二つの写真を見て、「矢橋ホキの1番及び3番と、2番の違いを見つけなさい」、という宿題を出しました。お分かりいただけましたでしょうか?
 それでは解説です。
 まず、見比べるべき二つの写真です。次の二つは本命ではありませんが、これを比べると、貨車の両数が違うことはまず分かります。そしてもうひとつ・・・・。


 写真09−01 24両(稲沢@空 撮影日 08/07/26)

 写真09−02 16両(岐阜A空 撮影日 08/12/06)

 左の24両編成のホッパー車は、ふたのような上部の覆いが付いている貨車と付いていない貨車とが混じっていて、不揃いです。ところが、16両編成の方は、すべてのホッパー車が覆い付です。光ってちょっと見づらいですが、上部のラインがきれいに揃っていますから分かります。
 そしてもう一つ、見比べる本命の写真は・・・・・・・? 


 写真09−03  (乙女坂@積 撮影日 08/07/12)

 写真09−04  (乙女坂A積 撮影日 09/01/17)

 この二つ、つまり、石灰石を積み込みホッパーから積み込む矢橋ホキです。
 左は、1番列車24両編成です。覆いが付いていたり付いていなかったり不揃いです。
 右は、2番列車16両編成です。全車両覆いが付いています。
 ですが、この写真の大きさからは、ちょっと難しいかもしれません。もう少し拡大します。 


 写真09−05 (乙女坂@積 撮影日 08/07/12)

 写真09−06 (乙女坂A積 撮影日 09/01/17)

 ホッパー部分のアップです。よくご覧ください。


 ※例によって、黒板をクリックしてください。答が現れます。

 矢橋石灰工業に電話をして確かめたことのひとつです。(前ページ参照→
 
2007年の石灰石輸送実績 総量 62万4,171トン
 列車の種類  輸送品目  輸 送 量
 1番・3番列車分  通常石灰石(塊石灰石)  47万8,738トン 
 2番列車分  粉石灰石 4mm以下  14万5,433トン 

 ということで、1番・3番列車は、通常のいわゆる小石状の石灰石(塊石灰石、かいせっかいせきを運びます。2番列車は、砂状の粉石灰石(直径4mm以下)を運びます。
 そのため、2番列車の16両編成は、粉石灰石が飛散しないように、すべて覆いが付いた車両を使用しているわけです。
  ※矢橋工業に確認したところ、ごく希に、2番列車も塊石灰石を運ぶ時もあるそうです。


 写真09−07   普通の小石の石灰石(塊石灰石)です      (西岐阜@積 撮影日 08/07/19)
 写真09−08    粉状の石灰石(粉石灰石)です       (新日鐵A積 撮影日 08/07/26)

 インターネット上に、矢橋ホキに関するいわゆる鉄道マニアのサイトはかなりの数あります。しかし、この、3往復のうちのひとつが他の二編成とは異なる石灰石を運んでいるという事実については、ネット上をいろいろ捜しましたが、見つけることはできませんでした。わがサイト独自の研究成果ということになります。
 
 では、この運ばれる石灰石の違いは、
石灰石を受け取る側の新日鐵からするとどういう意味があるのでしょうか、これについては、もう少し後の、新日鐵」のページ(→)で説明します。しばらくお待ちください。
 
 これで、宿題の解説は終わりです。  

| このページの先頭へ |
 さてさて出発準備ができました

 1番列車と3番列車は、およそ2時間弱かけて、24両分840トンの石灰石を積み込みます。(2番列車は、16両分560トン)積み込みが完了したら、アバウトな発車時間で乙女坂駅を出発します。


 写真09−09   乙女坂、出発もうすぐ             (乙女坂@積 撮影日 08/07/12)

 石灰石の積み込みが進み、24両の貨車を引っ張る先頭のDD機関車は、乙女坂駅南エリアのポイントのところまでやって来ました。もうすぐ出発です。


 写真09−10      (撮影日 08/07/12)

 写真09−11       (撮影日 08/07/12)

 西濃鉄道は全線未電化です。 当初は、7ページの引用書籍の写真のようにSLが貨車を牽引していました。
 しかし、SLの検査・整備を依頼していた東海道線(当時は国鉄)の浜松工場が1964年に電車整備専用となってしまったのを契機として、この年に最初のディーゼル機関車を導入しました。
 この機関車が
DD401号機です。この機関車は1991年に廃車となり、現在は、DD機関車としては、1969年製造のDD402号機と1972年製造のDD403号機が活躍しています。
 この写真は夏の撮影です。夏の強い日差しを避けるため、窓にはなんと、日除けのすだれが付いています。ごつい機関車とすだれの取り合わせが何ともいえません。

| このページの先頭へ |
 出発

 側線から本線へ入って、いよいよ出発です。


 写真09−12    産業道路踏切手前                (乙女坂@積 撮影日 08/07/12)

 DD403号機に牽引され、出発しようとする矢橋ホキです。
 右上の山頂部分は、金生山南部の化石館があるところから、北部の虚空蔵菩薩へと通じる鞍部です。そこから写真を撮ると・・・・・。


 写真09−13   産業道路踏切                     (乙女坂@積 撮影日 08/07/12)

 鞍部からの撮影です。産業道路踏切を通過中です。もう側線はなく、本線だけです。


 どこが乙女坂駅の南端になるかというと、実は、産業道路踏切はまだ乙女坂駅の構内です。次の石引神社の鳥居ところまでが乙女坂駅なのです。 


 写真09−14  石引神社鳥居前    (乙女坂A積 撮影日 09/01/17)

 実は石引神社の参道を横切る部分に、写真右の「乙女停車場区域標」の標識が立っています。左の写真の中央に写っている4本の黄色い安全柵のうちの左から1本目と2本目の中間にあります。

| このページの先頭へ |
 写真09−14  石引神社鳥居前、乙女坂出発          (乙女坂A積 撮影日 09/01/17)

 写真09−15   赤坂市街地を行くDD機関車             (赤坂@積 撮影日 08/07/12)

 写真09−16 汽笛を鳴らしながら本町踏切)に近づく       (赤坂本町A積 撮影日 09/01/12)

 一番手前の踏切が旧中山道にある本町踏切です。


 写真09−17     (撮影日 09/01/12)

 本町踏切の北に、ちょっと代わったお店があります。
 「かずさや茶舗」といいますが、お店が道路ではなく西濃鉄道の線路の方に向いていて、必ず踏切を渡らないとお店に入れません。
 矢橋ホキファンの方はほとんど知っている噂のお店です。
 


 写真09−18 農業会入口踏切を越えて美濃赤坂駅構内に入る矢橋ホキ (赤坂A積 撮影日 09/01/12)

 乙女坂駅から美濃赤坂駅までほんの1.5kmほど。のんびり走っても、時間にして僅か5分で到着です。
 ここでEF65機関車に付け替えて、JR東海の路線に入ります。
 細切れですみません。次ページへどうぞ。 


| メニューへ | | 前へ | | 次へ |