各務原・川崎航空機・戦闘機03 |
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□川崎航空機と土井技師 −川崎航空機の各務原進出− |
川崎造船所飛行機部各務原分工場 |
陸軍の各務原飛行場に最初の飛行機が着陸したのは、1917年6月11日です。 |
上、昭和初期の各務原飛行場。宙返りの訓練がおこなわれている。 |
土井武夫・堀越二郎 | このページの先頭へ | |
1927(昭和2)年2月、川崎造船所飛行機部各務原分工場は、川崎造船所飛行機工場となり、本社直属の工場となりました。 |
川崎 八八式偵察機 |
中島 甲式4型戦闘機 |
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土井技師が川崎に入社した1927(昭和2)年に陸軍の制式となった八八式偵察機。これを改良した爆撃機も制式となり、7年間にわたり、合計890機が生産されました。
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こちらは、中島飛行機が生産した甲式四型戦闘機。ただし、もともとは、1922年に就役したニューポール・ドラージュ29というフランス製の戦闘機です。
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※写真は、両機ともかかみがはら航空宇宙博物館の展示品の写真です。 |
川崎の戦闘機 | このページの先頭へ | |
土井技師が川崎に入社した頃、陸軍の戦闘機は、右上の写真の中島飛行機製造のフランス製甲式四型でした。 |
川崎 九五式戦闘機 |
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