一つ前へ 「教育について」のメニューへ 次へ

 041 学校で大切なこと 春雑感3 「有り難い」そして「新・自分の未来に優しく」

 この「春雑感1 やりがいのある仕事だから覚悟して取りかかる」では、教育というものすごい仕事をしているから、教師たるもの謙虚であらねばならないことを、強調しました。
 そのことについて、もう少し説明します。
 
 当たり前ですが、まずは他人に対して、周りの世界に対して謙虚でありたいものです。
 年齢が私よりも20歳近く上の大先輩S氏が、ある時、ずいぶんまじめな問いを発せられました。

S

「先生、「あなたは何のために生まれてきたのか」、と問われたら、なんと答えますか。」

「Sさん、そのような人生の根幹にかかわる本源的な問題を急に言われても・・・・。」

S

「答えられんですか。
 よもや、『日本史の教師をやるために生まれてきた』というんじゃありませんよな。
 あなたが普通の人なら、こんな難しい問題に答えろとは言いません。しかし、
教師なら、これには答えないといけない。何のために生きているのかというのも同じ質問になる。」

「・・・・・・・」

 この時は、突然の質問に何も答えられませんでした。
 確かにS氏のおっしゃるとおりです。一般の方ならともかく、教師なら、「何のために生まれてきた、何のために生きている」ということについて、人を納得させる答えをもっていなければなりません。

 S氏は、こういっておられました。
S 「私はなぁ、ご先祖様に感謝するために生きている。

 そういわれれば、それ以外の答えは見つかりません。
 生命が誕生して40億年。私たちの命は、その時点からずっと続いています。「人造生命体」などというのは、現段階ではSFの世界にあるだけで、普通の生命は、すべて、40億年前の生命の誕生につながっているはずです。
 このことを奇跡といわずに何というか。

 それを思えば、
その生命の連鎖を続けてくれた両親に、そしてご先祖に、その奇跡に感謝する。それが人生の目標だというのは、最も本質的な答えと思われます。


 それからしばらくして、いい本に巡り会えました。1990年代から活躍し、2007年に47歳でなくなった、哲学者池田晶子さんの言葉です。(赤太字は引用者が施しました)

「生きる苦しみや死ぬ怖れに出合って、人はそのことの意味や理由を求める。そうしなければ、その苦しみを納得できないと思うからだ。でも、いいかい、納得できないということなら、宇宙が存在する、なぜ存在するのかわからない宇宙がなぜか存在するというこのこと以上に、納得できないことなんかあるだろうか。宇宙が存在するということは、神が創ったのではない宇宙が、しかし存在しているというこのことは、とんでもないこと、ものすごいこと、まったく理解も納得もできないことではないだろうか。これは、奇跡なんだ。存在するということは、存在が存在するということは、これ自体が驚くべき奇跡なんだ。存在するということには意味も理由もない、だからこそ、それは奇跡なんだ。
 
自分が、存在する。これは奇跡だ。人生が、存在する。これも奇跡だ。なぜだかわからないけれども存在する自分がこの人生を生きているなんて、なんて不思議でとんでもないことだろう。まさか今さら両親から生まれたなんてことで、この不思議が納得できるわけがないよね。だって、その両親が存在するということだって、やっぱり同じ奇跡なんだから。 
 人生が存在するということ自体が奇跡なんだから、そこで味わう苦しみだって、奇跡だ。なぜあるのかわからないものが、なぜかあるんだから。そんなふうな、あること自体の驚きの感情を失うのでなければ、苦しみの意味や理由を求めて悩むことは少なくなるだろうし、人生が空しいだなんて思うこともなくなるだろう。なぜか宇宙が存在して、星々が永遠に生成消滅を繰り返しているなんて奇跡的な出来事が、どうして空しいことであるはずがあるだろう!(中略)   
 この
不思議の感覚、奇跡だという感情は、おそらく、敬虔な信仰をもつ人が神様に捧げる祈りに似ている。自分を超えた存在やカに、自分の心において出会うんだ。人は、驚きと同時に、深い畏れを知る。そして、この苦しみは神から与えられたものだと、ごく自然に思えるようになるのだろう。このような信仰こそ美しいものだ。それは、考える精神が、考えに考えた果てに至り着く感覚と同じものだ。
 
感謝という感情があるね。君は、人に何かをしてもらった時、感謝して「ありがとう」と言うね。あの「ありがとう」とは、もともとは、この奇跡の感情を言うものなんだ。在る理由のないものがなぜか在る。この驚きに発するものなんだ。だから、存在への驚きを知る人や敬虔な信仰をもつ人は、苦しみにすら感謝して、「在り難う」と言うだろう。苦しみや、むろんのこと喜びという経験を、この身に経験することができるのは、宇宙が、自分が、なぜか存在するからこそだ。やっぱりこれはものすごく在り難いことだと思わないか。

池田晶子著『14歳からの哲学』(トランスビュー 2003年)P182−184


 先人は、自分が存在しているという奇跡、それを、「有り難い」と表現しました。直訳すれば、「存在し得ない」ということなのでしょうが、実際には存在しているものをそう表現することによって、この言葉に、精一杯の敬いの心、畏れの心、つまり畏怖の念を表現したわけです。
 「なぜ生まれてきたのか」、その答えは、「有り難し」。つまり感謝の気持ち以外には考えられません。


 もう一つは、自分に対しても、ある意味では謙虚でありたいと思います。
 普通の識者は、教師は、「自分に厳しく他人に優しくあるべきで、自分に優しく他人に厳しくあってはならない」といいます。私が自分で考えた「座右の銘」は、自分にも謙虚に、「
自分の未来に優しく」です。
 何も説明をしないと、うまく理解してもらえないかもしれませんから、以下に説明をします。以前にも提言していますから、今回は、「
新・自分の未来に優しく 2013年version」の説明となります。


「これから卒業までの時間は、おそらくは、もっと早く流れるに違いありません。これは自信があります。
 そこで、いろいろな課題があるのに時間がない皆さんに、ある
公式とそこから私が考えた座右の銘、いつも心に持っている言葉を教えます。ちょっとは、皆さんに役に立つかもしれません。
 公式は、
Y=C+I です。これが何の公式か知っている人、いますか?ちょっと難しいですね。
 実は経済学の基本的な公式です。
 日本語に直すと、
Yield、つまり直訳すれば産出ですが、この場合は、所得を意味します。
 
は日本語では消費です。ではじまる消費という英単語を知っていますか。Consumptionです。
 
 は投資です。英単語では、ちょっと難しいですね、Investimentです。
 つまり、
Y=C+I というのは、日本語では、所得=消費+投資 という経済学の公式です。
 1年生に学習した現代社会の授業では、この公式はちょっと専門的すぎて登場しなかったと思います。
 
 専門的には難しい定義が必要だが、概念的には、そう難しいことではない。
所得消費投資を足したもの。消費貯蓄と置き換えてもいい。所得=消費+投資(貯蓄)
 
消費は、そのときに使ってしまうお金と思えばいい。投資はそれとはちがって、将来のために使うお金になります。
 さらにわかりやすく言えば、所得=お金は、消費=すぐ使うものと、投資=後々のために使うものを足したものという、解説してみれば当たり前の公式になります。
 君たちが1万円の小遣いをもらったとして、5000円を食事に使い、5000円を大学受験用の問題集の購入に充てたとすると、それは10000円の所得=5000円の消費+5000円の投資ということになります。

 ここまでの説明は、準備運動。
 では、これを一番最初に話した皆さんにとっての時間、時をどう使うかという問題に置き換えてみましょう。
 皆さんは自分の時間を同じように、
消費投資に使っている。先の公式に準じれば、時間=消費+投資です。
 今、私の話を一生懸命聞きながら、「この話って何かに使えそう」と理解して覚えようとしている人は、
時間を投資に使っています。眠っている人は、おそらく時間を消費に使っています。
 もし時間が少ないのなら、時間は意味のあることに使いたいですね。
 もちろん、時間を投資ばかりに使うことはあり得ないことです。あくまでバランスの問題です。
 しかし、人間ややもすれば易きに流れ、時間を無駄に消費するのが常です。
 ここから考えた座右の銘が、「
自分の未来に優しく」です。

 授業中にほかごとを考えてボーとしている、勉強をさぼりたい、部活動で厳しいプレーをせずに手を抜いて楽がしたい。そんなとき思い出してほしい。
 『
今自分は、自分の未来に優しいことをしてるだろうか。
 勉強や部活動だけのことではありません。
 人に暴言を吐くことは、人の尊厳を傷つけるだけでなく、自分の未来をも傷つけてしまうと思いいませんか。社会のルールを守らず、傍若無人な振る舞いをすることは、本当に自分の未来に優しいことでしょうか。
 人のために何かしろというのは普通によく言われます。もちろん、それも大切です。しかし、もっと視点を変えて、ほかでもない、毎日の生活の中で、自分の未来のために何かをしているか、「
自分の未来に優しいか」、と自分に問い続けて欲しいのです。
 みなさん、1年後に、2年後に、過去の自分に感謝している自分があることを期待してします。」


 「自分に厳しく」ということができる方を、私はうらやましく思います。
 私は、あまり有能ではない自分がしっかり働けるように、いくつも「
自分の未来に優しく」する方法を工夫して、結果的に皆さんに迷惑がかからないようにしています。
 細かいことのなので、もし機会があれば、また紹介します。興味のある方は、ご一読ください。(掲載日未定)


一つ前へ 「教育について」のメニューへ 次へ