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 025 「学力」をめぐって6 高校学力調査                         

  2004年1月23日(金)、国立教育政策研究所が実施した、高校生に対する「教育課程実施状況調査」の結果が文部科学省から発表されました。  高校の教員としては、コメントをしないわけにはいきません。
 次の項目でいろいろ意見を言います。

  1調査の概要
  2調査結果と解説
  3新聞の報道
  4深刻なこと
  5必要以上うろたえないこと

  
6高校での学力
  7大事にすべきこと

 

1 調査の概要                        |このページの先頭へ
 この調査は、文部科学省が、
2002(平成13)年11月に実施した学力調査(ペーパーテスト)とアンケート調査です。
 全国で国・公・私立高校の3年生10万5千人が対象となりました。これは、その時の全高校3年生の8%に当たります。

 学力調査は、1989(平成元)年から実施された旧学習指導要領の内容について、3年生の生徒たちが身につけているかどうかを調べました。
 対象教科は、国語T・数学T・英語T・物理TB・化学TB・生物TB・地学TBです。(私の専門の地歴公民科は、事情により、1年あとの2003年11月に調査が実施され、今分析中です。)

 調査は、学校の種類や、地域などの偏りが生じないように、対象高校と対象生徒は乱数を使って指定されました。
 たとえば、岐阜県では、A高校の普通科の3組で数学Tを40人、B工業高校の電気科で英語Tを38人とかいうように、各学校で少しずつランダムに指定するという方法です。

 こちらのクラスの方が成績がいいからとか、化学の先生は教え方がうまいからとか、そういう学校側の事情は一切無視して、「公正」に行われました。
 ここは重要なポイントです。

2調査結果と解説                      |このページの先頭へ
 その結果は次の表のようになりました。
 

科目

A各設問の設定通過率の平均

B実際の通過率の平均

国語T

66.6%

71.5%

4.9

数学T

61.2%

50.2%

−11.0

物理TB

59.1%

50.2%

−8.9

化学TB

54.4%

48.1%

 −6.3

生物TB

58.5%

45.7%

−12.8

地学TB

61.1%

49.4%

 −11.7

英語T

60.2%

59.3%

  −0.9


 ここでちょっと細かい用語解説と説明です。


 学力調査は、テスト形式なのですが、普通のテストとは大きく違う点があります。つまり、各問題に配点があって、合計すると100点になるという形式はとっていないのです。
 その代わりに、1科目30〜50ほどの問題ごとに「通過率」というのを算出して、良くできたできなかったという判断をします。
 
 通過率は、言い換えれば「正答率」と考えていいでしょう。
 通常の選択肢の問題では、10人のうち正解の選択肢を選んだのが何人いたという数字です。10人中5人正解なら、通過率50%です。

 学力調査問題には、生徒に筆記させる問題もあって、これの場合は、いわゆる部分点も計算されたようです。したがって、これの算出は、ちょっと複雑になります。
 正確にはわかりませんが、想像するに、該当問題について解答に応じて点数化し、たとえば、10人の点数をが、10、10、0、5、10、8、10、0、0、8なら、61/100、つまり、通過率61%という具合に算出するのでしょう。

 設定通過率というのは、実際の通過率と比較するために、各設問ごとにあらかじめ設定されている通過率です。
 大学の先生方など問題を作成した方々が、作成時にこの問題はこれぐらいの割合の生徒が正解を答えることができるという数値を設定します。それを、本番以前に特定の学校で試しに実施して、その結果を参考に数字を修正して、本番の設定通過率としました。

 この数値は、いわばこれぐらいはできるだろうという期待の数字です。

 さて、上表には、「A設定通過率の平均」という数値が示してあります。
 たとえば、国語は、全部で44問あったのですが、それぞれの設定通過率の平均という意味です。

 この数値は、実は便宜的なもので、あまり一人歩きさせられない数値です。というのは、国語の44問の設問は、単に漢字の読み仮名を答える単純なものから、長く記述させるものまで、いろいろな種類の問題があります。
 それらの問題の質を全く無視して、設定通過率を単純に平均して算出した数値ですから、便宜的な数値なのです。
 
 同様に、「B実際の通過率の平均」も同じく、便宜的な数値です。

 上表の右端の「差」は、二つの平均値の差、つまり、B−Aです。
 これが+であれば、期待よりできが良かった、−であれば、悪かったという目安になります。

 
 さて、発表された数値を見れば、国語Tは予想以上のでき、数学Tと理科の各科目は惨敗英語Tは、ほぼ期待通りというわけです。


3新聞発表                          このページの先頭へ
 この結果は、一般には、どう評価されたでしょうか?

 発表翌日の各新聞の見出しには、次の文字が躍っていました。

○読売新聞
「国・英 たいへんよくできました」「
数・理 もうすこしがんばりましょう
全く勉強しない 4割」「意識の差=学力格差」「受験科目は得点高く」
「基礎の基礎 できていない」「新学力観の教育 結果でず」
「数学は二極分化 科目ごとに特異な分布」「習熟度に応じた教育が必要だ」

○朝日新聞
高3、理数は苦手 正答率、ともに50%程度」社説「理数教育の底上げを
理数の弱さ 嘆きの声 教育現場 ここまでとは」「国語の手紙文 正解2割」
「意欲低下くっきり」

○毎日新聞
『理数は苦手』裏付け 想定正答率を下回る」「学ばない高校生」
41%『学校以外で勉強しない』」「『分からなくても放置』36%」

○中日新聞
今どきの高3生 数学・理科苦手」「授業以外勉強ゼロ41%
「『勉強好き』2割」「学校の努力に限界 教員増など欠かせぬ支援」
『理数を身近に』先生奮闘 興味高める余談が大事 生活密着の教科書自作
「理解の時間を奪う『ゆとりの教育』」

○岐阜新聞
数学、理科 目標下回る」「
学力低下裏付け 勉強離れ進行 二極化も」「学ぶ意欲あり +50点」
「毎日朝食取る +50点」「勉強大切8割、好き2割」「
家庭学習ゼロ4割

○日本経済新聞
理数、想定下回る 国語のみ想定上回る」
「『勉強大切』分かっているが・・・授業『理解』4割どまり」
「教育行政 反省迫る ゆとり教育 学ぶ意欲低下」「『基礎』『論理』弱さ鮮明」

○産経新聞
「深刻!理数離れ 数学で8割。理科で6−7割 予想正答率下回る
「『勉強は大切』8割・・・でも『好き』は2割止まり」
『科学技術立国』に暗雲 理数の低下、国語力に起因」
「数学、惨たる結果


 緑の字で示したように、各紙とも数学・理科の学力が低かったことを一様に指摘しています。

 しかし、ここで重要なのは、この結果の本当に意味をちゃんと理解することです。新聞報道、特に見出しは、読者の注意を引きつけるために、いつでもセンセーショナルなものです。TV等の扱いも同じです。

 本当に深刻なもの、もっと実態を理解して、いたずらにあわてないようにしなければならないもの、冷静にちゃんと取捨選択して対応していきたいと思います。
 

4深刻なこと                          このページの先頭へ
 ここ最近というわけではありませんが、ずっと長期的に深刻になっていることがあります。

 それは、高校生の4割以上が日常的には自宅で全く学習をしなくて、高校を卒業していってしまうことです。
 
 学力調査と同時に行ったアンケート調査では、次の結果となりました。

<アンケート調査の結果>

 @「学校の授業以外に1日に3時間以上、勉強する」

・高校生:約23% (中学3年生:約24% 小学6年生:約 5%)

 A「学校の授業以外に1日に勉強をまったく、又は、ほとんどしない

高校生:約41% (中学3年生:約 9% 小学6年生:約11%)

 現在、これぐらいの割合の生徒が、家庭ではほとんど勉強していないことは、高校の教員ならおおよそ見当はついていることです。
 高校生は勉強をしなくなったという事実を端的に語るものです。

 ここで、反対の声が起こるかもしれません。「昔の生徒だってそんなに勉強しなかったぞ。」
 では、昔と比較してみましょう。


<昭和53年岐阜県の「生活実態調査」結果に示された家庭学習時間>
  ※岐阜県総合教育センター図書館所蔵 同調査結果報告より
  ※調査対象 県内の高校1〜3年生59,174人(公立高校生徒の90%以上)

・ほとんどしない 
・30分             
・1時間
・2時間
・3時間以上

9.3%
10.9%
21.5%
28.8%
29.5%


<平成13年度岐阜県の「学校生活に関する意識調査」結果に示された家庭学習時間>
  ※岐阜県総合教育センターのHPより
  ※調査対象 県内の高校1〜3年生1,391人(公立高校生徒の約2%)

・ほとんどしない 
・30分             
・1時間
・2時間
・3時間以上

42.5%
14.5%
15.5%
14.4%
13.0%

 昔の生徒は、平均的に今よりも家庭学習をしました。間違いありません。正確には、東京大学の苅谷剛彦教授が指摘しておられる、「2極分化」が進んだと言えるでしょう。
  ※苅谷教授の主張について、私が解説しているページは、こちらです。|→|

 現在の学校は、私たちの授業は、魅力を、強制力を、求心力を失ってしまったのでしょうか。

 もうひとつ、深刻なことがあります。

 一応、この調査対象の生徒の8割は、進学希望者です。
 もちろんその進学先は、大学・短大・専門学校等、いろいろあるでしょう。
 しかし、そういうとにかく上級の学校へ進む生徒が、たったこれだけの勉強時間で、学問をするという点において、高校生活を舐めて過ごしていってしまっていいものかどうか。これはやはり深刻です。

5必要以上にうろたえないこと             |このページの先頭へ
 理科の各科目と数学Tが期待通りでなかったことは事実であり、これにも、指導方法の反省など、対応が必要です。

 しかし、数学と理科が英語と国語に比べてものすごく学力が低く、「惨たる結果」だというのは、ちょっと事実を見誤っています。

 これは高校の関係者なら誰しもわかることですが、外部の方は意外とわかりません。

 各県において数学Tの調査対象となった生徒は、ランダムに選ばれたいくつかの高校に属しています。
 進学校もあれば、商業高校や工業高校などの実業高校、就職者が多い学校の生徒もいます。

 ということは、調査があった3年生の11月の時点では、調査対象生徒の半数ほどが1年生で学習した数学Tをそれ以後ほとんど勉強し直さず、しばらくぶりで解答したことになります。

 皆さんの常識的に、自分のことでいいですから思い出してください。
 1年生に習って、そのまま何もしなかった三角比の問題を、1年半後に解けるでしょうか?
 私なら、自信を持って(--;)、noです。

 理科についても同じ原理があてはまります。

 一方国語や英語はどうでしょう。

 英語は、1年次は英語T、2年次は英語U、3年次にはリーディングやライティングと、学年によって科目名は違いますが、基本的には、繰り返し同じ内容が登場します。
 国語に至っては、内容や領域は、特に区別があるというものではありません。
 この違いが、国語・英語と、数学・理科の成績の差になっていると思われます。

 したがって、今回の結果からだけでは、特に数学・理科だけが苦手という結論は乱暴なのです。
 ちなみに、現在、分析中の地歴公民の場合はどうか?
 1年生に学習した現代社会の内容を、3年の11月まできちんと覚え続けている生徒は、ほとんど神懸かり的です。悪い結果となることは十分予想できます。

 開き直って申し訳ないですが、この結果は、当たり前といえば当たり前です。

6高校での学力                       このページの先頭へ
 こうやって意見を述べてくると、はたして、高校における学力とはどういうもので、どうやって測るものなのかという根本の問題が浮かんできます。
 保護者も、有識者も、新聞記者も、何かこの点で錯覚をしているような気がします。

 小中学校の学習内容は、基礎的・基本的内容が中心であり、例えば教員や公務員や新聞記者などの職業に従事する方であれば、おおむね理解し身に付けることができたでしょうし、またそれ故に、学習した内容の多くを長く記憶に留めることがでたであろうと考えられます。そして、それが、つぎの高校での学力の基盤となっていったのです。
 
 しかし、高等学校で学習する内容は、基本的にもっと難しいものです。
 それは、知識にしろ技能にしろ、体系的または高度なものであり、学習を終えたばかりの時点では、なんとか記憶していて「再生」はできますが、しばらく時間がたてば、きれいに失われていく(忘れていく)ものなのです。
 
 これも常識で考えてください。
 毎日6時間、あれだけたくさん学習することを、ちゃんと確実に身につけることができる人は、よほど才能のある人ではないでしょうか。
 私は、定期テスト前に必死に勉強して、そして、テストが終わるとすっかり忘れる、というごく普通の勉強をしてきました。

 特定の科目を大学受験のためにしっかり繰り返し勉強したことだけが、違うだけです。

 学力が低下している低下しているという有識者の方々は、よほど天才で、一度学習したことは永遠に忘れることはないという方々なのでしょうか。

 高校で学習したような高度なことは、学習して理解した時点が一番最高の学力を示していて、それから時間がたてば、致し方ないことですが、自然と忘れていってしまうという普通の発想をもってはいけないのでしょうか?

 ペーパーテストの様な形式の調査では、時間が経過すればその「通過率」が大きく下がっていくことはやむ得ないと思います。

7大事にすべきこと                     このページの先頭へ
 もう一度繰り返します。
 魅力的な学校をつくり、きちんとした授業を指導をおこなって、生徒の学力を高めなければならないことは言うまでもありません。

 しかし、高等学校というのは、小中学校と違って基本的に学校ごとに大きな特色があり、学科も教育課程もそこに通う生徒の学力もいろいろで、さらに、その中で、生徒は自分にあった個性的な進路を選択し、学習や部活動などの活動を進めています。

 いわば、多様性こそが、高校の持ち味です。

 この調査は、あくまで平均的な数値を算出した調査であって、それ以上のものではありません。
 今回の調査の数値にあまりにも敏感に反応して、ただ「数値」を引き上げることを目的として、多様性を無視する方向へ進むのだけは、厳に回避しなければなりません。
 


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