昨年に続く、わが家の海外旅行第2弾。パリ・ロンドン珍道中です。2001年8月7日(火)〜8月12日(日)
ロンドンの地図です。
イギリスのあるグレートブリテン島の原住民は、ケルト人ですが、1世紀にローマ人が征服し、現在のロンドンの中心部にあたる場所にロンディニウムと呼ばれる城壁に囲まれた町を築きました。これがロンドンのルーツです。5世紀初めにローマ軍は撤退しましたが、その後ゲルマン人の一派であるアングロ・サクソン人がこの地方をおさめ、9世紀になってアルフレッド大王がこの地を王国の首都としました。1066年にイングランドを征服したノルマン人(第二次移動でやってきたゲルマン人の一派。)のウィリアム1世は、ウェストミンスター寺院で即位したのちロンドン塔を建設しました。 |
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ロンドンは、小雨でした。涼しいを通り越して、寒いぐらいです。
ウオータールー駅で無事出会えたHISのガイドに聞くと、
「このところ異常気象でロンドンも暑いですが、以前は、ロンドンの夏は7月が中心で、日本の暦の立秋のように、8月上旬になるともう秋の気配です。」とのことでした。
ちなみに、旅行中のパリ・ロンドンの最高最低気温は、次の通りです。 |
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月 日 |
曜日 |
場所 |
天気 |
最高気温℃ |
最低気温℃ |
・ |
08/07 |
(火) |
パリ |
雨 |
22 |
14 |
・ |
08/08 |
(水) |
パリ |
晴 |
24 |
14 |
・ |
08/09 |
(木) |
ロンドン |
雨 |
18 |
11 |
・ |
08/10 |
(金) |
ロンドン |
晴 |
21 |
14 |
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日本へ帰ってからも新聞でパリ・ロンドンの気温を気にしていましたが、8月20日頃に最高気温30℃という日もありました。これこそが異常気象なのでしょう。
この日、ロンドンは朝は、晴れだったそうです。ところが、急に曇りだして、ホテルに向かう途中から雨は強くなる一方。
「ロンドンは、本当に傘が手放せない町です。」(HISガイド)
パリ同様ロンドンも地下鉄網が発達していて、地図さえあれば、平気であちこち探検ができそうです。しかも、パリ地下鉄と違って、自動改札口も日本のようにシンプルで、駅のホームには、列車の次の停車駅が明示してあって、気をもますこともありません。
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ロンドン地下鉄の1日券。大人1枚、£4.00。£1は約180円ぐらいですから、700円ぐらいです。中心部は均一料金ですが、1回£1.80ですから、観光客には1日券の方が絶対お得です。 |
私たちが投宿したのは、クロムウェル通りに面したホテルエリザベッタ。歩いて8分の最寄りの地下鉄駅グロースターロード駅は、伝統を感じさせる趣です。入り口は空が見えるオープンスペースになっています。第二次世界大戦中の、ドイツ軍のロンドン空襲の時は、地下鉄駅がロンドン市民の避難場所となりました。 |
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地下鉄駅グロースターロード駅のホームです。第二次世界大戦中の、ドイツ軍のロンドン空襲の時は、地下鉄駅がロンドン市民の避難場所となりました。 |
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地下鉄ベーカーストリート駅。ロンドンの地下鉄は内径が比較的小さな車両です。 |
地下鉄エッジウエイロード駅。ここは駅の部分だけ地上とつながっています。 |
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地上に出ている地下鉄駅から隣の国鉄の電車を撮影しました。駅名は忘れてしまいました。(^_^) |
次第に強くなる雨の中、まず向かった先は、ロンドン塔。
ここは、イングランドを征服したノルマン人の国王ウィリアムによって建てられた城塞で、海からテムズ川をさかのぼってくるとロンドンの入り口に当たる場所に位置しています。
それから以後500年間、歴代国王の城塞として、補強・拡大されていきました。 |
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ロンドン塔の外部です。 |
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左 ロンドン塔の内部の展示物。鎧をまとった中世騎士で
す。
上 旧ロンドンを守っていた城壁の跡です。 |
塔の建物内は、要するに日本のお城のようなものですから、暗くて、しかも展示品は、武骨な剣・鎧・鉄砲のたぐいばかりです。
ところが、喜々として城内を飛び回った少年がいます。
私のサイトをあちこちご覧の方はもうご存じ。「剣と戦い」の大好きな三男Dです。彼は、母親から「うまく考えて自由に撮りなさい。」と言われてもらった携帯カメラのフィルムをほとんど、この城の武器の撮影に使ってしまいました。当然ながら、母ちゃんからおしかりを受けていました。(父さんは、「個性を伸ばす教育」を推進している身なので叱らない。) |
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雨のタワーブリッジ。タワーブリッジは、ロンドン東部、つまりテムズ川下流に橋がないことから、建設されましたが、船の通過のため、跳ね橋となりました。 |
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タワーブリッジ展望道から見たテムズ川上流。中央は、第二次世界大戦で活躍した巡洋艦ベルファスト。今は博物館。右手は、ロンドン経済の中心地シティ。 |
ロンドン塔から歩いてすぐのところに、タワーブリッジがあります。
橋の塔のうち北側が博物館となっています。入館料を払うと、どこの国の人間が聞かれました。答えると、ちゃんと日本語の説明があるレシーバーをもらえました。
これがないとただ上の展望道へ登るだけでしたが、おかげで、橋の由来や、橋の構造をしっかり勉強できました。
このあと、地下鉄で今日最後の目的地、べーカー街へ向かいました。 べーカー街、言わずと知れた、コナンドイルの小説名探偵シャーロックホームズ住居のあったところです。
ところが、地下鉄環状線に乗ったところ、時間がかかりすぎて、到着した時は、すでに閉館時間。明日出直しすることになりました。
さて、いつも悩みの夕食選びです。
シャーロックホームズ博物館を見られなかったという思いから、ガイドブックに載っていた、パブ「ザ・シャーロックホームズ」を選択しました。地下鉄チャリングクロス駅で下車です。
地上に出るとそこはトラファルガー広場でした。この広場は、イギリス海軍がナポレオンの海軍との戦いに勝利したかのトラファルガーの海戦にちなんで付けられたものです。もちろん、広場には、イギリス海軍の指揮官、有名なネルソン提督の像があります。
提督像ははるか高いところにありますが、その足下には、二匹のライオン像があります。どこかで見たことがあるライオンと思ったら、これを気に入った三越百貨店の社長が日本で真似てつくらせたのが、あの三越ライオンだそうです。
※ロンドンの地図はこちら
さて、パブシャーロックホームズですが、19時15分とちょうど良い時だったこともあって、超満員です。
しかも、当然ながらパブですから、子どもも含めて家族で夕食という雰囲気ではありません。こうなるとあきらめざるを得ません。 |
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左 トラファルガー広場ネルソン提督像。ネルソンは高いところからフランスをにらんでいます。翌日撮影。
上 三越デパートのライオンの元祖 |
ロこの間にも、雨がひどくなり、気温も下がって(たぶん15℃くらい)、「何か暖かい物が食べたい」という雰囲気になってきました。
「このガイドブックに中華料理屋が載っている。地下鉄で一駅隣のピカデリーサーカスの近くだ。この写真を見るとうまそうなラーメンがあるぞ。『安い、うまい、早い、しかし従業員の愛想が悪い。』と書いてあるが、愛想が悪いぐらいいいだろう。」
皆「賛成、暖かいラーメン。」
安上がり家族は、ロンドンくんだりまで来て、なんと中華料理ラーメンを選択。
地下鉄駅のそばで、車がエンストしていて、黒人の女性二人がハイヒールを脱いで裸足で車を押しているのを見て、「これは泥棒じゃないな」と思って、男4人で手助け。
こんな善行をする家族には、きっと神の恵みがあるに違いない。
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ガイドブックに載っていた店の名前は、「旺記(ウォンキー)」。
ピカデリーサーカスで降りてすぐ見つかりました。結構混んでいて、流行っている雰囲気です。
地下に案内されて、テーブルを囲んで、空腹がひどかった男4人は、それぞれ○○麺ひとつ、○○飯をひとつ注文し(妻は麺だけ。旅先で太っちゃうと大変だ。いいこころがけ。)、わくわくしながら待ちました。
ガイドブック通り、従業員は、愛想が悪い。日本なら、一人で切り盛りするぐらいのテーブル席の数なのに、5・6人いて、ヒマだから何か中国語(もしくは中国語なまりの分からない英語)でしゃべっていて態度も悪い。
「ガイドブック通りだ。ということは、早く来て、うまいかな?」
やってきました、○○麺と○○飯。
一同、まずひととおり見てやな予感。おそるおそる食べて、「何だこりゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そりゃね、○○飯のご飯は、粒の長いインディカ米ということは覚悟していましたよ。でも、こんなに不味く炊かなくてもいいじゃない。上にかかっている○○鶏肉も、もうちょっと味を考えたら・・・。
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泣きそうな顔で、我慢して必死で食べる3男D。卓上の醤油はキッコーマン。 |
日本のラーメンを期待していた私たちが馬鹿だったけど、それにしても、三日ぐらい煮たそうめんのような、細いもちゃもちゃな麺は何だい。スープというのは、いったい何が原料だい。
周りを見ると、イギリス人はみんなおいしそうに食べています。しかも、こともあろうに、後ろにいる日本人旅行客らしき若い女性も、「まあまあね」などといいながら食べています。
みんなどういう食感しとるんじゃ。これは、絶対に不味い。
次男の名言「人生に障害を与えるほど不味かった。」
神の恵みはありませんでした。
HISに言っておこう。ガイドブックを修正しておくれと。
「安い、うまい、早い、しかし従業員の愛想が悪い。但し、岐阜県の普通のラーメン・中華料理がお口に合う方には、おすすめできません。」
話を先へ飛ばします。
8月12日(日)昼、我々は、丸5日ぶりに日本へ帰ってきました。空港から帰る車中での会話。
「さあ、無事帰ったぞ。今は、機内食のおかげで、空腹ではないけれど、夕食はどこかへ食べに行こうか?」
「賛成」
「どこがいい。」
「○○のラーメン。」みんな異口同音にいつもの行きつけのラーメン屋さんに行きたがるのでした。
その時のラーメンのうまかったこと。「人生の障害を克服するラーメンだ。」 |
空腹が満たされず、しかも寒くてしょうがない私たちは、とりあえず、ピカデリーサーカスにあった「GAP」の店で、長袖の上着を買いました。これで一安心です。 口直しにと立ち寄ったスターバックスのコーヒー屋さんでも、とまどうことがありました。
妻と次男がたのんだは「エスプレッソ」。大きいサイズと普通サイズがあって、普通サイズをたのみました。
でてきたものを見てびっくり。
日本で言うと、ちょっと大きめのフレッシュのカップ程度の小さなカップではないですか。
「え、これ!」
「もしかして、強烈に苦かったりして」
次男Yがまたまた、「毒味」役です。
「にげー」(共通語では「にがい」)、Yが思わずevianのボトルから水を飲みます。
「見栄張って、そんなわけのわからないものを飲むからだ。」私は、どこでも共通のホットチョコレートを3男と注文して、あったかでおいしいおいしい。
「どれ、父さんがちょっと。」
エスプレッソをひとなめ。
「にげー、水、水」この苦さでは、ほんの少しのエスプレッソを飲み干すのに、evianがボトル1本いりそうです。これが本場のエスプレッソですか??
「父さん、腹も減ったし、口直しの飲み物もほしいし。ホテルの近くの24時間営業の大きなスーパーマーケットへ行こ。」これには、大賛成です。
このスーパーマーケットは、アメリカのそれほど巨大ではありませんでしたが、日本では見かけない食料品がいっぱいあって、興味津々でした。
牛乳好きの次男Yは、大きなボトルを買いました。「口直しにホテルで全部飲むぞう。」
彼はボトルに「milk」と書いてあったので持ってきましたが、長男がラベルをよく見て気が付きました。
「父さん、goat milk と書いてあるけど、これ何」
「Y、こりゃヤギのお乳だぞ。飲むかい?」これ以上冒険はこりごりなのか、次男は普通のmilkに換えてきました。
記念に、商品棚を写真に撮ろうとしたら、屈強な黒人のおじさんが飛んできてやめさせられました。私は、日本のスーパーのスパイではないぞう。
ロンドンの西部、クロムウェル通りのホテル到着は22時。寒い雨のロンドンは、大騒動で暮れていきます。
※ロンドンの地図はこちら |
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次の日の朝のグロースターロード駅。よく見ると我が家以外の他の人は、誰も半袖は着ていない。これが、8月のロンドンのごく普通の服装らしい。半ズボンはついに一度もはかずじまいだった。
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