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ついでに大井川渡河のこと | 先頭へ ||旅行行程地図へ||旅行日程と費用へ| |
「大井川 鉄道の旅」もいよいよ最終ページです。 |
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写真04-01 牧ノ原台地から見た東海道線大井川鉄橋 (撮影日 11/05/04) |
江戸時代の大井川の渡しは、この鉄橋の少し上流部(写真の左側、方角で言うと北側)にありました。手前側が川の西側、金谷宿です。川の向こう側は、東側、島田宿です。 |
上の地図は、Google から正式にAPIキーを取得して挿入した、金谷・島田地方の地図です。 |
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写真04-02 大井川航空写真 3枚合成 (撮影日 1975年) |
大井川は金谷(左)と島田(右)の間で、大きく東に蛇行して駿河湾に向かいます。(写真上が上流、右手側が下流) |
上の写真は、国土交通省の「国土情報ウェブマッピングシステム」の「カラー空中写真閲覧」の1975(昭和50)年撮影の航空写真を3枚合成して作製したものです。つなぎ目には多少誤差があります。 |
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写真04-03 大井川鐵道の新金谷駅です。SLが客車を牽引しています。 (撮影日 11/05/04) |
江戸時代、大井川には橋は架けられず、また渡船による渡しもなく、ただ、「徒渡し(かちわたし)」(人足が肩車したり、台に乗せて運ぶ方法)で渡河しました。このことについて、まず、お話しをします。 |
大井川は金谷・島田のあたりではかなり川幅が広くなっており、増水に対する許容量はある程度はあったと思われます。 |
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※例によって、黒板をクリックしてください。答が現れます。 |
このデータは、文政8年から13年までの6年間の平均です。
この年間平均渡河禁止日数、49.2日というのは、1年の15%程にあたります。 |
さて、ここでは、何故大井川に橋が架けられなかったかについて、注目します。上の参考文献2の著者、松村博氏は、京都大学の大学院を卒業し、大阪市の公務員をされた方ですが、土木工学の技術者の立場から、大井川の架橋について新しい発想での説明をなされています。それを紹介したいと思います。
この定説的な考えを、江戸防衛説と呼びます。多くの方は、この江戸防衛説を普通に無批判で受け入れています。しかし、実は一番有名なこの江戸防衛説には素朴な疑問が提示され、たとえば、橋を架けないことは防衛上あまり意味がないとして、次の点が指摘されています。
松村氏の考察を基に、江戸防衛説から離れて、「何故徒渡しか」についての理由を説明すれば、次の諸点となります。
架橋の理由は、江戸防衛上の目的という単純なものではなく、もっと複合的でした。ちょっと目から鱗の大井川に橋のない理由となりました。 |
河床勾配については、安倍川・大井川では下流域においては他の河川と比較にならないくらい高い勾配となっています。大井川と同様、安倍川にも橋も渡船もありませんでした。金谷・島田は、大井川河口から20kmのところにあります。 |
牧ノ原台地 | 先頭へ ||旅行行程地図へ||旅行日程と費用へ| |
金谷の駅まで戻った私たちは、次は、金谷駅の南にある牧ノ原台地に登りました。徒歩でも行けないことはないのですが、上りはきついですので、タクシーにしました。台地の上のお茶の郷博物館までは、1.5kmぐらいの距離です。 |
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写真04-04 台地の途中から撮影した大井川鐵道の電車 (撮影日 11/05/04) |
新金谷駅を出て、大きくカーブしながら、JR金谷駅の隣の金谷駅に入ります。この電車はもともと京阪電鉄の車両です。 |
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写真04-05 JR普通列車 (撮影日 11/05/04) |
写真04-06 金谷駅 (撮影日 11/05/03) |
左:台地の東端と大井川との間を通るJRの普通電車です。 |
お茶の郷博物館の話の前に、上の写真04-06の牧ノ原トンネルについて説明します。 |
この牧ノ原台地の茶畑の発展には、これまた簡単には語り尽くせない物語がありますが、今回は、次のクイズだけにしたいと思います。 |
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※例によって、黒板をクリックしてください。答が現れます。 |
先人のご苦労があってこその今の発展です。牧ノ原台地の開墾は、旧幕臣の殖産興業事業として、勝安房や大久保一翁もこれに尽力しました。 |
お茶の郷博物館・茶摘み体験 | 先頭へ ||旅行行程地図へ||旅行日程と費用へ| |
台地の東端にお茶の博物館があります。 |
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写真04-07 お茶の郷博物館 (撮影日 11/05/04) |
入館料500円、特別茶室入室料500円、茶摘み体験700円です。 |
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写真04-08 一面茶畑 (撮影日 11/05/04) |
写真04-09 霜害防止ファン (撮影日 11/05/04) |
台地の上は、一面の茶畑です。見事なものです。霜害防止のファンは、一定の方向を向いているように思えますが、原理まではわかりません。 |
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写真04-10 茶摘み体験 (撮影日 11/05/04) |
写真04-11 機械による茶摘み(撮影日 11/05/04) |
博物館のお姉さんは、ちゃんと茶摘み娘の装束で、お茶の取り方を教えてくれます。すべての芽を手当たり次第摘み取ってしまっていいものか、どれぐらいの柔らかさのものを摘み取るのかが難しいところです。 |
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写真04-12 きれいに新芽を摘み取っていきます (撮影日 11/05/04) |
お茶の郷博物館からのJR金谷駅までの帰りの下り坂は、ちょうどいい散歩道です。途中で、機械による茶摘みを見学できました。 |
茶作り体験 | 先頭へ ||旅行行程地図へ||旅行日程と費用へ| |
摘み取ったお茶の葉は、解説書によると、「お茶の葉とタケノコ酢味噌和え」・「茶葉おひたし」・「お茶の香り炒め」などいろいろ調理の仕方はあるとのことですが、そもそもお茶の葉なのですから、断然全力を注いで、お茶を点てなければ意味はありません。旅行から帰った翌日にすぐ、解説書にしたがって、お茶をつくりました。 |
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写真04-13 摘み取った茶葉 (撮影日 11/05/05) |
写真04-14 高温で乾燥 (撮影日 11/05/05) |
まずは、ホットプレートを220度から250度の高温にして、クッキングペーパーを敷いて、菜箸で茶葉の表面の水分がなくなるまで炒めます。 |
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写真04-15 茶もみ (撮影日 11/05/05) |
写真04-16 再び乾燥 (撮影日 11/05/05) |
一度机の上のクッキングペーパーの上に移し、手でもみます。 |
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写真04-17 乾燥しています(撮影日 11/05/05) |
写真04-18 お茶の葉らしく (撮影日 11/05/05) |
だんだん乾燥してきたらホットプレートの温度をさらに下げて120度ぐらいにし、クッキングペーパーで蓋をしてお茶の葉の香りがするのを待ちます。 |
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写真04-19 まずまずかな(撮影日 11/05/05) |
写真04-20 薄め (撮影日 11/05/05) |
かなり薄めのお茶となりました。もう少し乾燥させた方がいいのでしょうか?素人にはそう簡単にはいきません。 |
【大井川 鉄道の旅4 参考文献一覧】
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さて、これで、「大井川 鉄道の旅」を終わります。SL,アプト式、温泉、吊り橋、茶摘みと、とてもバラエティーに富んだ楽しい旅となりました。もう少しゆっくりすれば、もっと自然を満喫できるかと思います。また行きたいところです。 |
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