先史の世界その2
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<解説編>
 

105 ホモ・サピエンスの「多地域進化説」と「アフリカ単独起源説」の現段階での優劣は?  |先史の世界の問題へ|

 すでに、このページの他のクイズでも明らかなように、人類の進化をめぐってはいろいろな説があり、また、次々と新しい発見もなされて、良く言えば興味津々、悪く言えば「わけわかんなーい」という世界です。
 とくに、教科書レベルで昔勉強しただけの普通の方には、その時に理解した常識と、新発見の内容との乖離を埋めるのに、ちょっとばかり説明が必要です。、
 この「多地域進化説」・「アフリカ単一起源説」クイズもその一つです。できるだけわかりやすく説明します。

 この問題では、まず、教科書の「常識」を確認します。
 今の教科書には次のように書かれています。この部分は年代に関する記述以外は、2世代・3世代前の教科書も変わりありません。

「人類は猿人原人旧人新人の順に進化した。直立二足歩行を特徴とする人類が誕生したのは、今から約450万年前のアフリカにおいてである。この最初の人類を猿人といい、アウストラロピテクスやホモ=ハビリスなどが知られている。(中略)
 やがて約150万年前に原人が登場した。ジャワ原人・北京原人がその代表であり、(中略)氷河期の厳しい環境を生き抜いてアフリカからヨーロッパ・東アジア・南アジアにまで広がった。
 さらに、約20万年前、より進化した旧人が出現した。ヨーロッパに分布したネアンデルタール人がその代表である。(中略)
 ついで約3万年ほど前に現れた人類を新人といい、われわれと同じ現生人類に即する。ヨーロッパのクロマニヨン人や中国の周口店上洞人などがこれにあたる。」
 ※佐藤次高他著『詳説世界史』教科書センター用見本(2002年山川出版)P18 引用者の方で改行を変更

 新人が現代の人類に直接つながるホモ・サピエンスです。
 この説明では、猿人原人旧人新人の順に登場したことは分かりますが、それぞれの関係、つまり、「旧人のネアンデルタール人が進化して新人になった」のかどうなのかの関係は分かりません。
 今回のクイズは、この関係についてのことです。

 この点に関しては、特別な知識がある先生に習った生徒外の、つまり普通の生徒のイメージは、次のようなものだったでしょう。
 「世界中に広がって生きているこの新人はいつどのようにして地上に現れたのか。
  アジアからアフリカまで広がっていた原人が各地で進化をとげながら、ネアンデルタール人とその仲間に進化し、やがてその中から新人が生まれたという、多地域他系統同時進化説(多地域進化説のこと)が一般に唱えられてきた。」
 ※大貫良夫・前川和也他著『世界の歴史1 人類の起源と古代オリエント』(中央公論社1998年)P28

 これは、図説すると右図のAのようになります。
 
 ところが、この古くからの通説に対して、最近いろいろな面から、検証がなさされ、反証が上がりました。

 その最大のものは、1987年にカリフォルニア大学バークリー校のアラン・ウィルソン、マーク・ストーンキング教授らによって発表された、現代女性の胎盤のミトコンドリアDNA配列に関する研究です。
 遺伝子の分析とコンピュータによる計算が、それまでにない大胆な仮説を生んだのです。

 それによれば、現在のホモ・サピエンスの共通の祖先は、今から多分20万年前アフリカの大地溝帯に生きていたとされたのです。
 ※クリストファー・ストリンガー、ロビン・マッキー著河合信和訳『出アフリカ記 人類の起源』(岩波書店2001年2月)P160

 また、ネアンデルタール人に関しても、1997年ペンシルバニア州立大学のA・ストーン教授らによって、化石人骨のミトコンドリアのDNA分析を行われ、これまでにない事実が分かりました。
 ネアンデルタール人は、欧州では数万年前(今のところ最も新しいものは、3万6千年前のものが出土)まで住んでいたとされています。しかし、そのDNA配列は、ホモ・サピエンスのそれの変異の範囲を超えているということが分かりました。
 つまり、ホモ・サピエンス(現代人)は、直接には、ネアンデルタール人の遺伝子を引き継いでいないと言うことです。

 これにより、多地域進化説の「ネアンデルタール人→クロマニヨン人」という進化はあり得ないことになりました。
 ※埴原和郎著『人類の進化 試練と淘汰の道のり』(講談社2000年10月)

 これらの結果、ホモ・サピエンスの起源に関しては、「多地域進化説」に代わって、「アフリカ単一起源説」が提唱され始めました。この考えに基づく進化図が右下のB図です。これは、上述のように教科書にはまだ掲載されていませんが、一般的な世界史の概説書には登場しています。
 ※J・M・ロバーツ著青柳正規監訳『図説世界の歴史1 「歴史の始まり」と古代文明』(創元社2002年12月)P65
  
 前掲の大貫良夫・前川和也他著『世界の歴史1 人類の起源と古代オリエント』には次のように説明されています。
「ところが最近になって、新人になる系統はもともとアフリカのサハラ以南にいて、そこで優れた技術を発達させながら徐々に生存上優位に立ち、やがておよそ10万年前にはアフリカから中近東に出て、これが原人のように再び旧世界に広がったとする考え方が有力になっている。ネアンデルタール人はブリテン島からウズベキスタンあたりまで東西に広がったが、アフリカの中部から南部にはいなかった。また、東アジアや南アジアにもいなかった。そして新人の広がりとともに、氷河期のさなかに地上から消えてしまったという。」(同P28)

 さて本題です。
 このクイズは、先週の新聞の発表がきっかけで生まれました。
 2003年2月28日、日本とインドネシアの共同研究チームが「ジャワ原人」について新たな研究成果を発表したことを新聞各紙が伝えました。
 各紙の見出しは、次のようでした。

日本経済新聞   ジャワ原人分析「祖先ではなかった」   現代人起源アフリカのみ 「多地域進化説」を否定
毎日新聞   ジャワ原人独自の進化   「完全な頭」初発見現代人と異なる特徴     
朝日新聞   ジャワ原人は「絶滅種」   ヒト起源「アフリカ単一」で決着? 

 上の解説を読んでいただいた方は、この見出しを見ると、どんな発見がなされたか大体おわかりいただけると思います。
 
 2001年10月、インドネシアのジャワ島(ジャカルタのある島)中部のソロ川の岸辺で、顔の部分を除いて頭蓋骨がほぼ完全に残っている化石が発見されました。数十万年前のものと推定されます。
 インドネシアの研究グループと共同研究を行った国立科学博物館人類研究部長馬場悠男氏や東京大学助教授諏訪元氏らは、医療用に使われているCT(コンピュータ断層撮影装置)を改良した測定器具を開発し、外部から見えにくい骨の特徴を分析しました。
 この結果、次のことが分かりました。

  • 眼窩上隆起(目の上の盛り上がったところ)の特徴や、頭の下の背骨との結合部分の穴、あごの骨の形などが、現代人とも他の原人とも異なっている。

  • 約100万年前の前期のジャワ原人の化石及び、約20万年前の後期のジャワ原人の化石と比較すると、ジャワ原人の進化の方向が明確となり、その特徴は、現代人とは異なる。

 つまり、ジャワ原人は、東南アジアのホモ・サピエンスの祖先ではないことが判明したのです。

 もうすでにこのクイズの答えを言っているようなものですが、ここであらためて、
正解、上述のネアンデルタール人のことも含めて、新聞各紙の見出しのように、「多地域進化説にとっては極めて都合の悪い証拠であり、「アフリカ単一起源説がより一層有力なものとなりました。