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 037 高等学校・特別支援学校の初任者教員の皆さんへ−その4− 未来を託す

 現在の公立学校においては、法律によって、初任者研修が手厚く行われています。本県では、年間に校外研修25日、校内研修180時間以上となっています。指導教官が付き、いわば非常に厳しい研修が続きますが、皮肉っぽく言えば至れり尽くせりです。1977年に教員になった私が初任者の頃は、そんな仕組みはありませんでした。このような形になったのは、この20年の出来事です。
 1年の最後に、初任者は、自分が1年間テーマとしてきた研究内容を、レポートにして提出します。研究と言っても、教育上の「研究」ですから、自分が設定した課題の解決に向けてこんな風に頑張ったと言う類のものです。一般の科学者の研究などとはレベルが違います。しかし、そのレポートを読むと初任者は初任者なりにいろいろ体験したことがあり、壁にぶち当たって苦悩した姿、克服できた喜びなど、まさに「汗と涙の結晶」という感じです。
 2月22日、本県では、各学校の児童生徒の卒業式を前にして、高等学校と特別支援学校の初任者のレポート発表大会、いわば初任者研修の卒業式がありました。発表の内容は、教員が長い時間をかけて少しずつ修得していかなければならないことのオンパレードです。課題だけは初任者にでもわかります。ただ、その壁を乗り換えることが大変なのです。
 以下にそのレポートの概要を列挙します。


体育の時間における生徒の自律的行動と自主的・意欲的取組を促すにはどうすればいいか。
学力が低い生徒の数学の学び直し、ノート指導で作る「数が苦」から「数楽」への変化
地図を利用した地域の多面的多角的考察ー覚える地理からの脱却ー
英語嫌いの生徒を多読を通して英語に親しませる学習活動
 

感情を極端に表す障がい児を担任を中心としたチームで「穏やかな気持ちでコミュニケーションできる」ようにする指導

  絵画の作成を通した障がい児童の個性の伸長 
  わかりやすい現物教材やITコンテンツを利用した工業科電気科目の授業 
  実物・VTR等を利用し他教科とのつながりを利用した楽しくわかりやすい家庭科の授業 
  ノート点検や絵で表現することを利用した国語の目標を明確にした授業 
 10 グループ学習を利用した福祉科の考える力伝える力を重視した授業 
 11 クラス全員で資格取得に挑戦する農業の授業 
 12 授業規律を徹底し生徒が自ら自立できる商業の授業 
 13 最新の技術や研究成果を取り入れた生物に関心を持ち自ら積極的に探求できる授業 

 パワーポイントを利用した発表(プレゼン)はとても巧みで、私たちが若い頃のスキルとは、格段の進歩です。
 すべての発表が終わった後で、最後の締めくくりのお話しをする機会を得ました。


1 はじめに
「 みなさんの発表を聞いていて、本当に上手なプレゼンだと思います。これは、みなさんが、90年代から始まったITツールを利用して表現力を重視する教育の中で自然に身に付けてきた成果だと思います。これは大変自信を持っていいことです。
 また、質問のやりとりも大変よく、全体として、課題を乗り越えていくぞという思いが感じられます。この一体感がすばらしいと思います。あなた方全員が、前向きの学べる集団になっていることが何よりすばらしいことです。
 ところで、すでに、全校生徒の前で話しをしたことはありますか?」
 ※約半数が手を挙げる。
「 素晴らしいですね。そういう緊張感を経験しながら、あなた方自身の伝える能力を磨いていってください。」


2 もう一度確認したいこと 
「 さて、これでみなさんの発表も終わり、今年の初任者研修は、いよいよ最後を迎えました。最後にあたって私の思いと願いをお話しします。
 まずは、この1年の復習です。
 初任者のみなさんが第1回の校外研修をこの場所で受けたのは、平成22年4月20日です。その時私は、ここで皆さんにお話しをしました。しかし、たぶん、それから11ヶ月が過ぎ、またいろいろな方からいろいろな話を聞いたでしょうから、私の話はたぶん忘れていると思います。そこでもう一度ポイントを示しますから、思い出してください。」


※黒板の上にマウスポインターを置くと、正解に変わります。 

 


「 4月にこの話をしたあとで、みなさんに、感想を書いてもらいました。その中に、とてもいい意見がありました。『inspire(感動)させる教師というのは、確かに素晴らしいけど、感動を企んでもそれはわざとらしいだけで、本当の感動にはならない。地道な努力こそが感動につながるのではありませんか。』
 そのとおりですね。
 企業の世界では、とんでもない発明をするとか、ヒット商品を作るとか、大口の契約を結ぶとか、周囲を感動させる具体例は、意外にわかりやすく存在します。しかし、教育の世界では、だれも、人があっと驚く大仕事をして感動させるというそれほど多いことではないと思います。
 地道な努力、毎日の変わらぬ積み重ねこそが、いつしか積み上がって『感動』となるのでしょう。いつも前向きでいることです。うまくいかないことがあっても、失敗があっても、逃げないことです。それが、私たちが大事にしたいことです。」


 4月に、『みなさんいろいろ大変な場面に向き合っていると思いますが、その中でも、最も大変な究極の難しい場面を紹介します。昨年、ある特別支援学校の先生が、進行性筋ジストロフィーの生徒にキャリア教育をしていると言う話を聞きました。』という話をしました。
 A特別支援学校のB先生が書いた感想の中に、「今自分は、難病の生徒を指導しています。商業の資格検定に合格することを目標に頑張っています。」と書かれていました。
 この日の報告会の途中で、S先生にこっそり聞いてみました。
「あの生徒さんは頑張っていますか?」
「はい、体調も安定していますので、次の試験に挑戦するように一緒に頑張っています。」
 この先生、いわゆる大学の専門は商業ではありません。病気と闘いながら未来に挑戦する生徒と、一緒に学びながらその心の中に意欲と勇気を育んでいく。こんな日常にも、りっぱな「
inspire」は存在します。


3 4月にやりたいこと  
「 復習はこれぐらいにして、次は予習です。
 今日、みなさんは仲間の発表からいろいろなことを学ぶことができたでしょう。
 それでは、そのことを生かして、みなさんに考えてもらいたいことがあります。もし、これから1ヶ月半後の4月の8日か9日に、最初のHRや最初の授業を迎えると想定して、あなたは生徒諸君や場合によっては保護者に向かって、そこで何を話しますか?しばらく考えてから挙手して発表してください。」


 考える時間をしばらくおいて挙手を求めると、何人もの諸君が手を挙げました。
クラスの生徒の名前をしっかり覚えて、姓も名もしっかり呼んであげたいと思います。
「いい意見ですね。出会いは最初が肝心です。生徒から見て自分が認識されているということがわかる出発は、自分の名前をちゃんと呼んでもらえるかどうかにあります。クラスの中には、難しい読み方の名前の生徒が必ずいますから、その生徒の氏名を間違えずに呼んであげてください。授業の時もそうです。間違ってもいつまでも出席番号で指名したりしてはいけません。他にはありませんか。」
まずは、ルールをしっかり守らせ、きちんとしたクラスを作りたいと思います。
「いい意見ですね。クラスを経営していくという観点から言うと、4月当初を、『ゴールデン・ウィーク』と名付けた先生がいます。普通の4月末から5月にかけての連休のことではなく、学校が始まったばかりの4月の2週間ほどが『学校にとって教師にとってのゴールデン・ウィーク』だというのです。その意味は、最初のルール作りが肝心だということです。この2週間で1年間が決まってしまうということです。ルールというものは、厳しいものから甘くすることは簡単ですが、その逆は無理です。
 但し、厳しく管理することがいいクラスを作るかと言えば、それはまた違うことはみなさんわかっていると思います。生徒から見て親しみのある教員というのはとても大事なことです。親しみと、ルール違反に厳然と立ち向かうこと。これは全く矛盾することのように思えます。しかし、教師はこれを矛盾とはせずに克服していかなければならないのです。頑張ってみてください。次は?」
学ぶことは楽しいことと教えたいです。
「大事なことですね。調査結果で知っていると思いますが、学校以外では全く勉強しない生徒は全高校生の4割もいます。しつけという面だけではなく、勉強の楽しさを教えたいですね。」
いじめは許さない。
「教師の注意力と断固たる態度がなければ、いじめはいつでも発生すると思ってください。深刻にしないためには、常に注意することが必要です。」
教室の環境整備に心掛けます。
「大切ですね。教室が乱雑では、生徒の心は落ち着きません。率先してやってください。」
特別支援学校の場合ですが、生徒の状況を一人一人確認して、個別の支援計画に基づいて的確な指導を行いたいです。また、保護者との対話にも十分配慮して、保護者の納得のいく指導がしたいと思います。
「そうですね。高校でもそうですが、特別支援学校の場合は、より繊細な配慮が必要ですね。極端な場合、頑張れ頑張れと言って叱咤激励すると、かえって障がいや病状が悪化してしまう場合もあります。また、生徒の日々の進歩も、教師には確認しづらいかもしれません。大変ですね、しかしそれだけやりがいのある仕事です。
 また、今何気なく保護者という言葉が出てきましたが、これについて確認します。高校勤務の方に尋ねます。この1年、保護者等のトラブルで大変悩んだと言う方はいますか?」
 ※一人も挙手しない。
「手を挙げる人がないと言うことは、少なくとも非常に深刻なトラブルはなかったということになるでしょうか。高校勤務の方にはわかりませんが、特別支援学校の先生方は、毎日保護者に会っています。わかりますか?バスで来る児童・生徒は別として、保護者が自動車で送迎する場合は、毎日保護者と会うわけです。それだけ保護者のプレッシャーもあるわけです。頑張ってください。」


「 他には意見はありませんか?」(これ以上手は上がらない)
「 では、もうひとつ、考えてほしいことがあります。
 HR経営でも最初の授業でも、1年間自分が教えたら、受け持ったら、こういうことになる、こういうことが分かる、こういうことができるという、夢を語ってください。教科の場合は、具体的にこうなるというのがいいです。まあ、いわば教師のマニフェストですね。2年目ならそれぐらいの見通しは付けなければなりません。
 こういう風に、次の年度の計画が着々とできていくためには、たぶん聞いたことがあると思いますが、常にPDCAのサイクルを働かせる必要があります。常に改善する心がけがないと、未来は生まれてはきません。
 もっというと、経験の浅いみなさんの場合は、PDCAのPの計画そのものが、それほど練られたものでなかったり、人のものを借りた来たものという場合が多いでしょうから、PDCAというより、DCAPと言う考え方の方がいいと思います。何か実行したら、直ぐその時点で、次のもの、来年のプランを考えるのです。そうすれば、来年の計画は自ずとできあがっていきます。これこそが本当に、『自分の未来に優しい」生き方になります。』
 そうしながら、先輩の技術を学んでいってください。
 ただし、みなさんにとって不幸なことに、みなさんの10歳から15歳ぐらい上の先輩はあまり人数が多くありません。岐阜県の教員の年齢構成は、まもなく『砂時計型』になります。引退間際の大先輩の方からも遠慮なく学んでください。」


4 おわりに 
「 最後に卒業式というのを考えてみたいと思います。
 来週3月1日は、ほとんどの高校で卒業式ですね。特別支援学校はもう少し後になるでしょうか。
 その卒業式の日はあなたにとって、どんな日になるでしょうか。ほっとしますか。寂しいですか。
 実は、みなさんは今の学校にはまだ1年しか在籍していないという方が大半でしょうから、3年間・4年間、あるいは特別支援学校の生徒の場合、12年間も在籍した生徒が、その間にものすごく成長した姿というのは実感では感じることはできないでしょう。しかし、この成長こそが、教師としての無上の喜びです。卒業式の日に、卒業生に、「卒業おめでとう、よく頑張ったね」と実感を込めて生徒の「成長を喜び」を伝えること、そして、その結果として「先生ありがとう」という言葉をもらい、「自分自身もよく成長したなと振り返ることができること」、この「おめでとう「と「ありがとう」、これこそが教師の究極の喜びです。
 卒業式の日に児童・生徒、保護者と交わす言葉の中に、この1年間がどういうものだったか、その意味を見つけてください。そして、また、反省もしてください。
 もちろん、失敗もあったでしょう。今も落ち込んでいる人もいるかもしれません。それでも、そこから立ち上がって、4月から心をリセットして、また手間のかかる生徒諸君との格闘を始めてください。
 
 個人的には、定年まであと4年です。大学卒業して初任者となったときは、教師として38年も働けると思っていましたが、あっというまに34年が過ぎてもうあと4年になりました。
 今の私自身の気持ちは、最後の目標へ向けての努力として、自分の学んだことを後輩に伝えていきたい。その思いだけです。皆さんの学校にも私と同じぐらいの年齢の先輩がたくさんいて、きっとそういう思いの方が多いと思います。年齢の差があるからとはじめから壁をつくらずに、どうか先輩の優れたところを継承していってください。
 私は、34年前、今、話をしているこの部屋で初任者研修を受けました。それから34年後、こうしてみなさんに思いを伝えています。今から34年後、ひょっとしたら、この中の誰かがこの壇上に立って、その時の初任者にお話しをしているかもしれません。その時に、その話を聞いている初任者諸君は、多くはこれから生まれてくる子どもさんたち、言い換えれば皆さんが作る子どもさんたちと言うことになります。
 産業に移り変わりはあり、栄枯盛衰はつきものです。しかし、教育の仕事は、その内容は少しは変わったとしても、普遍的に永遠に続いていきます。私たちの仕事は、そういう点では、根源的な人の営みと言えます。みなさん、この仕事に誇りを持ってください。
 みなさんに、未来を託したい。よろしくお願いします。」


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