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 021 「学力」をめぐって3 ごまかしと正統                           
 「学力」をめぐって1・2では、ややシニカルに自分の意見を展開してしまいました。路線をもう少し修正して、勇気を持って進みたいと考えています。

「中央公論」編集部・中井浩一編『論争・学力崩壊』(2001年中公新書ラクレ)の論考を、藤澤伸介著『ごまかし勉強 下』(新曜社P179)がまとめたものを簡略化

A群は、教育改革推進派、学力低下楽観派
B群は、教育改革肯定派、学力低下憂慮派
C群は、教育改革反対派、学力低下憂慮派

 まずは、学力論争の整理です。
 今回の学力論争は発端は、西村和雄京大教授らの『分数ができない大学生』(東洋経済新聞社1999年)による、有名大学学生の算数能力の調査結果の公表でした。
 国公立文系大学の大学生の中に、小中学校レベルの算数・数学の問題ができないものが多数いるという実態は衝撃的でした。

 これ以後、新学習指導要領においてこれまで以上に徹底して実現されようとしている、いわゆる「ゆとりの中で基礎基本」路線が、正しいのか間違っているのか、多方面の知識人が参加した論争が、今もなお継続中です。

 問題の焦点は、二つあります。
 第一は、文部省による今の教育改革の路線が始まって10年以上が経過するのに、その成果が具体的に現れていないことです。
 第二は、今の児童生徒の学力は、以前より低下しているかどうかです。

 第一の点については、文部科学省は、この学力論争の中で一躍スターとなった寺脇研氏を中心に、次のように言っています。
 「改革の方向は正しいのだがそれが現場で徹底されていない。だから、新学習指導要領ではそれを徹底した。」
 もちろん反対派は、そもそもの改革の方向が間違っていると反論しています。

 第二の点については、文部科学省は、国際教育到達度評価学界(IEA)の調査結果などを証拠に、「日本の小中学生の学力は低下していないばかりか、依然として世界のトップクラスである。」と主張しています。
 反対派は、様々な別の資料から、学力の低下を憂いています。

 それらを簡単な表にまとめたものが、右上の、学力論争における有識者の立場です。
 私個人は、いろいろな意見を考慮した結果、B群、すなわち、学力低下を憂慮しているが、現在の教育改革の方向で進むべきだと考える立場にあります。

 具体的にどう認識し、どう進もうとしているのでしょうか。
 私は、藤澤伸介氏の「正統派学習・ごまかし勉強論」を支持し、教員として氏の提案に信頼を置いています。藤澤氏の著書、『ごまかし勉強 上・下』(新曜社2002年)を中心に、その分析と提案を説明します。
 まず、現状の分析ですが、私自身は、少なくとも今の高校生は、以前より学力は低下していると考えています。
 「知識・理解」分野のいわゆる知識量はもちろん、学習しようとする意欲、物事に疑問を感じて探求しようとする意欲、個人的な世界と公の世界の違いを意識して、それに見合った知的な振る舞いができる、といったいろいろな点を含めた総合的な学力が低下していると、認識しています。
 ITに関する知識、英語のコミュニケーション能力など、これまでにない力を持っていることは認めますが、もっと根本的な部分で、学習をする意欲といったものが、低下してきていると認識しています。
 
 その原因は、多くの識者と同じですが、大きく言えば、「豊かになってしまった社会」にあると思います。昔の、貧しさの中で、ほしいものを我慢した時代とは違って、今は、豊かな中で贅沢を我慢しなければできません。ないから我慢するのと、あっても我慢するのとでは、我慢の仕様が違います。
 子どもたちの日常生活では、やはり、TVゲームの影響が大きいでしょう。 

 しかも、バブル時代には、あくせくと稼ぐことのばからしさを見てしまい、その後の長期不況の時代では、「いい大学を出て、いい会社へ就職」がほとんど意味を持たないことが、見えてしまいました。
 「将来」が、学習をする意欲をかき立てる要因ではなくなってしまいました。

 藤澤氏は、政策論争の観点ではなく、児童生徒の学習の方法がどうなったか、どうあるべきかの観点から有意義な理論を展開します。以下にその概要を説明します。

 1990年代から、「ごまかし勉強」をする子どもたちが増加します。
 「ごまかし勉強」とは、どういう勉強なのでしょう。
 藤澤氏はまず「ごまかし」を次のように定義します。
 「目標が達成されたかどうかについて、すべてが点検されない限界があるときに、点検箇所のみを合格するように処理し、点検者が点検できない、またはしない箇所については、目標達成行動を取らないか、またはいい加減に行う」こと。(前掲書 上P103)

 これを試験という状況で具体的に説明すると、「意味は理解せずに、試験に出るところを機械的に暗記して、テストではいい点を取る。学習方法の工夫はしなかったが、トレーニングの量を増やしたおかげで、テストではいい点が取れた。問題の解法をいろいろ検討をしたり、学習内容を自分の頭で考えたりはしなかったが、結果だけはいい点になった」となります。
 つまり、学習すべき内容の本質を学ぶことなく、ただ便宜的に、テストで点数を取るように行う勉強を、「ごまかし勉強」と定義するのです。

 この勉強には、次の特徴があります。(同書 上P105)

  1. 学習範囲の限定

  2. 代用主義

  3. 機械的暗記志向(暗記主義)

  4. 単純反復志向(物量主義)

  5. 過程の軽視傾向(結果主義)

 これに対して、正統派学習とは、簡単にいえば、目先のテストを切り抜けることなどという卑近な目標ではなく、学ぶべきことを限定せず、自分で理由などを思考しながら、また、学習の方法を考えながら、物事の本質を学ぼうとする学習方法です。
 この学習には、次の特徴があります。(同書 上P113)

  1. 学習範囲の拡大

  2. 独創思考

  3. 意味理解志向

  4. 方略志向

  5. 思考過程の重視

 中学生の学習が、すっかり「ごまかし勉強」が主流になっていることを証明するわかりやすい傍証があります。中学生用の学習参考書の変化です。
 
 1970年代以前は、つまり、私たちが学んだ頃は、学習参考書は、いわゆる「解説参考書」が中心で、そこには詳しい解説や、興味を惹くような話題がいっぱい詰まっていて、学校の授業でわかりにくかった所があったりすれば、読んで調べて疑問を解消し、同時に面白さが見いだされるものでした。
 
 ところが、1980年代から、このタイプはどんど売れなくなります。また、一方で、「教科書ガイド」的なものは売れ行き好調でしたが、これは特定の出版社の独占状態でしたので、他社が参入するわけにはいきません。
 そこで、1990年代に入って、新タイプの参考書が考えられました。

 それが、旺文社の「わかりやすい」シリーズ、駸々堂出版の「らくらくわかる」シリーズ、そして「受験研究社の「これだけは」シリーズです。
 これらに共通の特色は、必要最低限の学習項目で、中間期末テスト対策用の暗記材料の提供が主体であることです。これらの参考書は、もはや、「調べる参考書」ではなくなってしまいました。
 
 そして、藤澤氏は、おもに自分が教える大学生に聞き取りした結果として、彼らが「ごまかし勉強」を始めたきっかけは何だったかについて、驚くべき結論を提示します。
 ごまかし勉強のきっかけとして、1位となったのは、「学校の授業で、テストの出題内容があらかじめ教えられた」だったのです。
 
 これについて、藤澤氏は、教師が犯人となる状況を次のように分析しています。(同書 下P120)
 「生徒に何とか勉強させたいと思っていますが、なかなかやってくれないので困っています。宿題も全員きちんと準備してくれる生徒ばかりではありません。ですから、その状態でまともな定期試験をやったら、ほとんどの生徒は20点か30点しか取れないでしょう。でも、平均点20点では自分の指導力が疑われてしまいます。自分は生徒に充分な学力をつけるという理想に燃えて教師になり、一生懸命頑張っているのに、こんな意欲のない生徒たちに囲まれて、低い平均点で自分の指導力を評価されたのではたまったものではありません。しかもテスト問題は同僚の目にも触れるし、保護者も目を通しますので、あまり簡単すぎる問題を出題しても、見識を問われてしまいます。だからある程度の難しさの問題を出題して、平均点は65点ぐらい取ってくれないと困るのです。
 そこで、試験前には出題内容をリークしたり、生徒が学習しやすいように要点を書いたプリントを配ったり、暗記材料を配ったりして、何とか点数だけは取れるようにします。理解力のない生徒には、機械的暗記を勧めてとにかく答案だけは書いてもらいます。そうすると、勉強嫌いの子どもたちも何とか点数を取ってくれて、平均点が50点〜70点の間位に落ち着くのです。本当はこんなことしたくはないと思っていても、意欲的に学習してくれない以上、どうしようもありません。」

 藤澤氏は、「ごまかし勉強」の副作用を鋭く指摘する一方、「正統派学習」の必要性を認知心理学の立場から、力説しています。
 また、「受験勉強」イコール「ごまかし勉強」でないことも、鋭く説明しています。
 これ以上引用すると、著作権違反となってしまいそうですから、このあたりでやめます。

 何をしたらよいか、悩んだら、一度お読みください。目から落ちるウロコの量、50枚以上です。(そんなに落ちたら目ン玉がなくなっちまいますか) 


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