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 020 「学力」をめぐって2 学んだことは身に付くか                       

 このところ、ずいぶん少なくなりましたが、4月・5月は、完全学校週5日制と新学習指導要領のからみから、新聞は毎日のように「学力低下」を話題にしました。
 学力をめぐる論議は、誰でもどんな立場からでも自由に論じることができるだけに、視点がおかしかったり、ある特定の人にしかあてはまらないことを、社会全体に当てはめてしまう錯覚も往々にしてあります。

 その一つに、英語をめぐる問題があると感じています。
 これまでの英語の授業が、読み・書きが中心であったことから、生徒にコミュニケーションが育たなかったという反省は、すでに20年前になされ、これまでもいろいろ改良が成されてきました。
 しかし、それでも駄目だというわけで、高校の新学習指導要領では、さらにコミュニケーション重視の方向へ改訂が成されます。
 文部科学省は、これを加速する施策として、スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・スクール事業を始めました。全国にいくつかの学校を指定して、英語以外の教科も含めて徹底的に英語を教えるカリキュラムにしようとするものです。
 もっとも、Super English Language school  というネーミングは、English と Language が重なっていて、純粋の英語としては「ちょっと変」だそうですが・・・。
 英語教育の改善でいつもいわれるのは、「今までのやり方では、中学・高校と6年間学んでも英語はものにならなかった」という反省です。マスコミなど、ちょっとしたり顔の人に言わせると必ずこれがでてきます。
 先日、深夜の帰宅途中に、TBS・CBCラジオ系列でいつもやっている、深夜のバトル・トークという番組を聞きました。そこでも、話題は、「6年間学んでもものにならない英語」でした。
 これについて、私は、独特の持論を持っています。
 まず、自分自身は、6年間英語を学んだ成果はでていると思っています。読み書き中心の英語を学んだおかげで、今現在、アメリカやニュージーランドの友人と英語でメールの交換ができるわけです。彼らとしょっちゅう生の会話をする必要が生じたら、それをあらためて学習すればいいわけで、そういくつも望むのは、無理ってもんです。
 
 もうひとつ、みなさんにごく普通に伺いますが、中学・高校で6年間学んだことのうち、今現在専門として必要な教科・学問領域を除くほかの部分は、ものになっていますか?
  私は、6年間数学を学びましたが、三角関数などは、今や呪文の世界です。
 6年間理科と化学・物理・生物を学びましたが、オームの法則も気体の常態方程式も、今やちんぷんかんぷんです。
 みなさんはいかがですか。

 学問というものは、6年間学んだって、その時は理解できても、普通は、身に付かないものなのです。「英語が身に付かない」という意見は、ここを誤解していないでしょうか?

 必要があれば、少々学び方が異なっても、必ず身に付きます。反対に、どんな方法であれ、無理矢理身につけても、必要がなければ、その後すぐに忘れます。
 日本国民にとって、英語はどちらなんでしょう?

 観光旅行にやってきたアメリカ人に、おばあちゃんから中学生まで、しっかり道案内ができる。
 みんなが、朝早く起きて、BS7番の、CNNニュースを生で聞く。

 そんな日常が、「望ましい」のでしょうか。 


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