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 013 イギリスの教育事情と日本 その3                

 イギリスの教育事情については、すでに、その1・その2で何点か触れていますが、先週末、NHKの「Weekend Special」として、「イギリス 授業崩壊からの脱出 ーシャロン校長の学校改革ー」というのが放映されました。ごらんになった方もいらっしゃると思います。
 その番組では、ロンドンにある公立カルバートン小学校におけるシャロン・ホローズ校長の改革の成功の様子が描かれていました。ここで紹介の上、意見を述べたいと思います。

<学校の状況>
 カルバートン小学校は、5歳から11歳までの6学年の児童314人が学ぶ15クラスの小学校です。ところが、この小学校があるロンドンのニューカム地区は、住民の55%がアジア・アフリカ等からの移民で構成され、失業率は15%以上、全世帯の60%とが生活保護を受けるという、経済的には悲惨な状況の地区です。
 このため、シャロン校長が赴任するまでは、保護者の学校教育に関する関心は低く、授業においては生徒が騒いで崩壊してしまうようなことはしばしばで、当然ながら、生徒の学力の全国的に最低レベルでした。
 学力の面でははっきりとデータが残っていて、毎年行われる全国規模の学力テストで、1996年は学校平均が
300点満点中44点という、惨憺たる有様でした。
 この学校を何とかしようと、41歳の若手教員、シャロン・ホローズさんが、新任校長として赴任します。

<新校長>
 シャロンさんは、22歳で教師となって以来、ずっと教職を続けていましたが、途中養護学校での7年の経験と、自分の娘テイタムが、脳腫瘍の手術の後遺症で障害児となったことにより、「
本当に子どものためになる教育とは何か」について深く悩み、その実践として、困難な学校の校長を志願したのです。

<学校経営>
 イギリスでは、日本と違い、学校経営者としての校長の役割が非常に大きなものとなっています。
 具体的には、
児童一人あたり50万円の予算の配当を受け、その範囲内で、先生の採用から校舎の修繕まで、すべて予算書を作成して実施していくのです。カルバートン小学校の場合は、努力の結果により成果が上がったため、2001年段階では優良校というランクとなり、予算額は、児童一人あたり62万円にアップされています。児童数とかけ算すると、総額1億9500円程が、校長が動かせる金額ということになります。
 
 正規の教員の採用人数、アシスタントの先生をどのくらい採用するか、一クラスの学級を何人にするか、教育目標などは、すべて校長が立案し、教師・保護者・地区住民合計10名程度からなる「理事会」に提案します。
 2001年度は、正規の教員が23人、パートタイムも含めて、もろもろのスタッフが30人おり、教員の給与平均は300万円、日本に比べてやや低い水準となります。それでも、正規教員の給与総額だけで、7000万円ほどになります。

 このような
学校長に大きな権限を与える教育の方法は、1997年に就任したブレアー首相の元で積極的に進められており、特に、成果の上がった学校の予算額を増加するという部分が、その特色の典型を示しています

<シャロン校長の学校改革>
 校長は、「児童・教師・保護者がそれぞれの責任を果たす」をキャッチフレーズに改革を進めました。

○保護者
 校長は保護者と一緒に学校を建て直すため、保護者の意見に耳を傾ける一方、「
家庭と学校の契約」をシステムを導入しました。これは、家庭と校長が、その責任分担について、契約書の形で文書を取り交わすものです。具体的には、家庭の責任として、「子どもを早く寝かせる」・「毎日ちゃんと学校に来させる」・「保護者が宿題を見る」などなど。
 昔の日本なら当たり前ですが、今なら、これは、日本でも本当に徹底しなければならないことでしょう。

 そして、保護者への学校への参加を求めました。
 TA(teaching Assistant)が全部で18人いますが、このうち12人は保護者です。

○児童
 生徒には、指定医こととしてはいけないことを明確にする一方、してはいけないことをした場合は、廊下で15分たたせるなどのペナルティーを厳しく実施しました。

 その半面、教師に徹底して授業の改善を求め、クラスの人数を少なくし(平均25人学級)、暮らしやすい施設を作り、生徒に
「自分たちは大事にされている。」という思いを起こさせるように仕向け、自発的な学習意欲の喚起を促しました

○教師
 そして、教師には、徹底して、「
楽しい授業、児童が参加できる授業」の実現を求め、校長自らが各教室を随時観察してその指導力の向上を促しました。当然ながら、教師同士の授業の研究もやらせました。
  結果的に、校長は自らの手で教員のヘッドハンティングを行い、5年間ですべての教師を入れ替えてしまいました。

 現在でも校長は毎日授業を観察し、自ら考案したチェックリストを用いて、教材の内容と準備・児童の理解度・児童の授業への参加の程度(一方的になって児童が集中力を失ってはいないか)等を評価し、その結果を本人へ伝達し、改善を促すという方法を続けています。
面白いレッスンで夢中にさせること、それが学力の向上につながる」(シャロン校長)

 イギリスでは、日本の学習指導要領のような拘束力のあるものは無く、教科書も各学校任せのため、教材のほとんどは、教師の努力によって開発されます。

 また、生徒のメンタルケアを行う専門職として、「
ラーニング・メンター」(ちょっと発音が違うかもしれません)を設置しました。これは、朝の登校の様子(遅刻チェック)から、授業中の様子、いじめ・喧嘩まで、すべての生徒の指導に当たり、メンタルなケアをする役職です。この役職と校長のみが、授業中の教室へ自由に入室することができます。これによって、一般教員は、学習指導に専念し、情緒的なケアの負担を減らすことができました。

<改革の結果>
 これらの改革の結果、授業の崩壊から脱出し、学力は年ごとに向上していきました。
 全国規模学力テストの学校平均点は、
1996年の44点から、2000年には282点(300点満点)へ急上昇したのです。

 この結果、2000年には、ブレアー首相から、「
最も改善された学校」の認定を受け、2001年夏、シャロン校長は、大英帝国勲章授与式で、エリザベス女王から勲章を拝領するという名誉を受けたのです。
 このような「成功」が報道されるに付け、「日本の学校はどうなのか」という批判が巻き起こります。
 個人的な意見は、「イギリスの教育事情と日本」その1・2で話をした部分もありますので、重複は避けて、これまでいい足らなかったことにとどめます。
 この改革で一番重要な点は、児童に厳しく指導するとともに、「自分たちが大切にされている」という気持ちに基づく自発的向上心に期待する部分でしょう。

 一般大衆がそれも生涯にわたって学習することが望まれる時代です。そういう意味なら、学習する力は強制や恐怖からは、生まれないと思います。ここでシャロン校長が繰り返し言うように、「楽しい授業、生徒が参加できる授業」こそが、すべての出発点であると思います。
 そして、そのことにエネルギーを使うことは、教師にとって大きな喜びです。番組の中である教師が言っていました。「
教師という職業は楽しく遊んでしかもクリエイティブになれる。こんな職業は他にはそんなにはない。

 そんなには甘くは無いかもしれません。しかし、やはり、ここが重要なところだと思います。
 シャロン校長はまた言っています。
「教育は保守的で冒険することがなかなか許されない。10のうち9成功しても、残りの1の失敗を非難される。私は10のうち5つ成功であれば、全体として成功したと言えると思う。改革の成功の秘訣はと問われれば、失敗を恐れないことであると思う。」


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