昨日、日米同時公開となった、映画「The Last Samurai」を見てきました。
結論を先に言います。
私と息子2名と妻の評価(友人へのおすすめ度)は次の通りです。
おすすめ人 |
おすすめ度(3点満点) |
コメント |
私 |
★★★ |
発想がよい |
次男Y(17歳) |
★★ |
スケールが大きい |
三男D(13歳) |
★★ |
背景を知らないと単なる戦い映画 |
妻N(?) |
★ |
戦いが怖かった |
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満点ではありませんが、相当高いおすすめ度です。
映画が終わって、観客が拍手をすると言うのも久しぶりでした。
家族4人で、夕食・風呂(我が家が愛用しているショッピングモールには、温泉もある)・映画で、おおむね1万円の大散財をしましたので、それに見合うだけの文章量を書きます。おつきあいください。
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タイトル |
The Last Samurai |
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製作会社 |
ワーナー・ブラザース |
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監督 |
エドワード・ズウィック |
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主演 |
トム・クルーズ、渡辺 謙、真田広之、小雪 |
○映画のストーリー
○歴史的背景
○どういうメッセージを送りたかったのか
○気になる細かい点(これからご覧になる方は、見てからのほうがいいかも)
○映画のストーリー
ネイサン・オールグレン(トム・クルーズ)は、南北戦争やその後インディアン掃討戦でも活躍した、元第7騎兵隊所属の陸軍士官(大尉)。
インディアン掃討作戦で罪もないインディアンを殺戮したことから、失望して陸軍を退役し、ウィンチェスター社(銃器会社)と契約し新しい連発銃の宣伝をしつつも、満ち足りない日々を酒で紛らしている。
そこへ、徴兵制を実施したばかりで正規軍の訓練の指導者求めている日本政府から、破格の高給で雇い入れる話があり、1876年に日本へ渡航する。
当時の日本は、明治新政府の樹立(1868年)以来9年がたっていたが、新政府の政策に不満を持つ元武士階級(不平士族)が多くなっていた。
その中の一人、勝元(かつもと、渡辺謙)は、明治新政府を作った立役者で、天皇の信頼も厚かったが、領地に跋扈して、反乱を繰り返していた。
この年秋、勝元軍を征討に向かった政府軍は、逆に敗北を喫し、オールグレンは勝元軍に捕われ、彼らの領地に連行されてしまう。
政府から、反逆者の武士たちのことを「頑迷固陋の用無し」と聞かされていたオールグレンは、彼らの村で暮らす中で、しだいに彼らの生き様や武士道に感銘を受けていく。
そして、反乱軍との最後の戦いでは・・・。
※トム・クルーズの記者会見のサイトはこちらです。
○歴史的背景
この映画は、アメリカと日本のそれぞれ大きな歴史的問題を背景に持っています。
アメリカのそれは、南北戦争後のインディアンとの戦いです。
南北戦争後、アメリカ政府とインディアンは新しい局面を迎えていました。
移住者の西部進出によって次第に居住地域を狭められて行きつつあったインディアンでしたが、一度確定した居留地にも、金鉱目当ての白人たちが次々と侵入してきます。これに怒った彼らは、ついに大規模な武力反抗を起こします。
南北戦争の終結によって手柄を立てる場所を失っていた軍人の中には、インディアンの掃討を新しい働き場所と考える者もいました。
その結果、カスター将軍(その時は降格されていて正確には中佐)の第7騎兵隊の全滅や、反対にその「報復戦」としての、スー族やシャイアン族への殺戮も行われたのです。
日本のそれは、新政府の政策とそれに反発する不平士族の反乱です。
映画の日本側主人公、渡辺謙演じる勝元なる武士が、西郷隆盛をモデルとしていることは言うまでもありません。
明治政府は、近代国家建設を急ぐため、家族も含めて200万ほどいた武士階級(当時の人口の7%ほど)を切り捨てました。
廃藩置県の断行、徴兵制の実施、秩禄処分(武士がもらっていた俸禄(領地や給料)の処分)、廃刀令などにより、武士階級はその存在を否定されていきます。
その結果起こったのが、不平士族の反乱です。
その最後で最大の規模のものが、1877年の西南戦争です。
これは、西郷隆盛を中心とする旧薩摩藩鹿児島の士族が起こしたものです。西郷は陸軍大将の現職のまま、政府を辞して鹿児島に戻り、反乱を起こしました。
○どういうメッセージを送りたかったのか
映画では、武士道とそれを象徴するものとして刀が、意図的に強調されています。
オールグレン大尉は、勝元の領地の村で暮らすうち、武士の生き方と武士道に共鳴していきます。
ここで言う武士道とはどういうものなのでしょう。
映画では、名誉、欲望を抑えた自律した態度、質素な生活などが描かれます。
※武士道の詳しい説明は、現物教材新渡戸稲造著『武士道』へ
オールグレン大尉が酒におぼれていたのは、じつは、罪もないインディアンの村人たちを虐殺したシーンが悪夢となって、彼の神経を苛んでいたからです。
彼は勝元に聞きます。(勝元さんはなぜか英語ぺらぺらです。)
「あなた方はたくさんの人間を戦場で殺してきて、その悪夢を見ることはないのか?」
「悪夢?我々は誇りある正義の戦いをしてきた。戦場で敵を殺すことは、名誉あることだ。」
これは、単にインディアン虐殺だけではなく、ひょっとしたら、現代アメリカの戦争への非難が込められているのではないでしょうか。
正義ではない戦い、名誉なき戦いはすべきではないと。
明治時代とサムライ・武士道について、司馬遼太郎はこう書いています。
「ではサムライとは何か、と問われれば、自律心である、ひとたびイエスといった以上は命がけでその言葉をまもる、自分の名誉を命を賭けてまもる、敵に対する情け。さらには私心をもたない、また私に奉ぜず、公に奉じる、ということでありましょう。それ以外に、世界に自分自身を説明することはなかったのです。そしてそれは、立派な説明でもありました。すくなくとも日露戦争の終了までは、内外ともに、武士道で説明できるのではないか、あるいは、武士道で自分自身を説明されるべく日本人や日本国はふるまったのではないか、と思います。」
※司馬遼太郎著『明治という国家』(日本放送出版協会 1989年)P254
「西南戦争を調べていくと、実に感じのいい、もぎたての果物のように新鮮な人間たちに、たくさん出くわします。いずれも、いまはあまり見あたらない日本人たちです。かれらこそ、江戸時代がのこした最大の遺産だったのです。そして、その精神の名残が、明治という国家をささえたのです。」
※司馬前掲書P270
別角度の話です。
アメリカ人がこのように武士道に興味を持ち、共感を覚えるのには、実は思想的な理由があります。それは、キリスト教のプロテスタンティズムと武士道の共通性です。
司馬遼太郎はこうも書いています。
「明治時代は不思議なほど新教の時代ですね。江戸期を継承してきた明治の気質とプロテスタントの精神がよく適(あ)ったということですね、勤勉と自律、あるいは倹約、これがプロテスタントの特徴であるとしますと、明治もそうでした。」
※司馬遼太郎前掲書P160
監督は、この映画で、今のアメリカが忘れているもの、今の日本が忘れているもの、これをサムライを通して描こうとしたのではないでしょうか。
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