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 36 女、妻、母Y やはり強い           08/07/20

 この春、高等学校でははしか(麻疹)を巡って、一騒動あった。
 昨年(2007年)の大学におけるはしかの流行に懲りた厚生労働省は、はしかの予防接種を、すべての児童・生徒がもれなく受けるように指示した。
 具体的には、現在では全員が小学校に上がる前に2度接種することを義務づけているが、それを受けずに学齢を重ねてしまった生徒に対して、暫定的に中学校1年生と高校3年生に接種するように命じたのである。
 
 このあおりを喰らって、教職員も過去にちゃんと接種しているかどうかを調べる調査が県教委からあった。調査してどうするのかは明らかではないが、本校でも養護教諭から「はしか(麻疹)の予防接種の状況調査」のアンケート用紙が回ってきた。
 さて、困った。
 自分が予防接種を受けたかどうかなんて、覚えているはずがない。はしかにかかったこともはっきり分からない。
 県教委からの調査だから、あまりいい加減な回答もできない。
 しかたなく、自分の母親(1930(昭和5)年生まれ、現在79歳。幸いなことに元気。)に聞くことにし、学校から家に電話した。

「おふくろ、私、小さい頃はしかの予防接種とかやったかな?それともはしかにかかったかな?」

「はしか?ちょっとまってーよ、調べてみる。」

「頼みます。」

 といって携帯を切って、ふと疑問が湧いた。「調べるって、何を調べるの?」

 家に戻って早速聞いてみた。

「調べるって、何を調べたの?」
「これにきまっとるがね。」

 母はさも当然そうに、下の写真の物件を見せた。


これはなんと、私自身が生まれたときの母子手帳である。
 「岐阜縣No23201」のこの手帳は、昭和29年11月29日発行の本物の母子手帳である。

 私は昭和3×年のある日の午後7時50分に誕生した。10ヶ月の正常分娩だった。
 体重は3.375kg、身長は50cm。

 「小森ぎん」さんというのは、もちろん助産婦(産婆さん)の名前である。当時のこととて、病院ではなく、自宅での出産だった。
 ただし、結局の所、このころの母子手帳には、はしかの予防接種の記録はなかった。
  


「なんでこんなものもっとるの?」

 これは母に対しては、究極の愚問だった。

「私は、あんたの母親やがね。」

それにしても、50数年間、ちゃんと持っているとは、なかなか立派なものである。


 ひょっとと思って、妻にも聞いてみた。

「3人の息子の母子手帳って、やっぱりちゃんともってるよね。」

「当たり前やがね。箪笥の引き出しにしまってある。」

 嫁入り道具の立派な箪笥の引き出しを見ると、3冊が袋に入ってちゃんと大事にしまってあった。私の妻は、整理整頓はお世辞にも上手ではない方だが、これだけは別格のようである。

「その辺においとかんと、ちゃんともどしといてね。」


 昭和50年代から平成初期にかけて、3人の息子達の母子手帳は、みんな同じデザインだった。 
 あらためて確認すると、3人の出産時の体重は、2.540kg、2.720kg、2.328kgと、ずいぶん小さな赤ちゃんだった。
 風呂へ入れるときも片手で楽々だったのを覚えている。


 小さく産んで大きく育った。少なくとも、母よりは大きくなった。

(会津若松城前 撮影日 06/12/29)


 先日、職場の先生の結婚式に招かれて、スピーチをするはめになった。
 堅い話と言うよりも、泣かせる話がいいと思って、この母子手帳のことを題材にすることにした。
 しかし、話の落ちを、私の母や自分にするわけにはいかない。
 もし期待はずれなら、話の中身を変えなければいけないと思いながら、披露宴の直前に新郎の母親、Mさんに尋ねてみた。

「お母さん、あとで話すスピーチの内容に関係するものですから、まったくつかぬ事をうかがいますがお許しください。」

「はい、なんでしょうか。」

「あのー、息子さんの母子手帳、あの出産の時の、30年前のやつですが、ちゃんと家に保管しておいでですよね。」

「はい、今カバンの中に持っています。お見せしましょうか?」

「はっ、今、持ってらっしゃるのですか・・・。カバンの中に・・・。そうですか。そうなんですね。」

「なにか??・・・、お見せしましょうか。」

「いえ、それには及びません。大変失礼なことをうかがいました。そうですか、今、持ってらっしゃるんですね。」

 この話をそのまま、スピーチにした。
 予想通り、男性、特に若い男性から驚きの声が上がった。女性からの反応はどうということはなく、これはやはり、女性には当たり前のことなのだろう。 

「Mさん、○○さん。
どうかそういうお母様の思いを大切にしていってください。感謝の心を片時も忘れないでいてください。
 あなた方の子どもさん方は、あなた方がご両親にしたことを見て育ちます。お母様の思いに答えることが、幸せな家庭の実現に結びつくと信じています。お幸せに。」

 あらためて思う。母は、やはり、強し。 


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