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 37 女、妻、母Z     「笑顔同封」     09/03/22

 わが家では、朝食・夕食の際はラジオがかかりっぱなしになっている。結婚した時からの風習で、妻の趣味が原因である。

「一人で食事の準備をしていると、寂しい。」

 もちろん、チャンネルは複数からの選択が可能だが、わが家の場合はきまってNHK第一である。理由はさほどのことはない。

「民放は宣伝がうっとおしい。他の局に変えるのも面倒。」

 余談だが妻のこの習慣は、小さい頃の子ども達の「教育」に幸いした。
 彼らにとっては、物心付いた時から、朝食・夕食の時間は朝晩それぞれ6時台から7時台にかけてのニュースが流れている時間であり、普通にニュースを聞いて育つ子どもとなった。おかげで、社会の出来事への興味関心は普通の子どもさんに比べてかなり高いレベルとなった。3男Dなどは、小学校低学年の頃から、「チェンチェン問題は・・」などとこましゃくれて語っていた。3人とも社会科や地歴・公民科が得意な子どもになったが、それは父の影響ばかりではなかったと思う。

 私は私で、若い頃から、自動車の中では、昔ならテープ、今ならCDとかで音楽を聴くのは極力しないことにしており、それが今も続いている。これは、地歴公民科の教師として、自動車運転中の時間を「趣味の音楽の時間」とするか、「世の中の情報を得る時間」とするかの選択で、後者をとったというわけである。おかげで、新聞を読む時間を費やさなくても、必要な情報は手に入り、時々は授業のネタになる話も仕入れることができた。問い合わせ先などいつでもメモが取れるように、車の中には手帳と筆記具が準備されていることはもちろんである。あとで電話して確かめなければならないネタもあるからである。
 最もこの選択のおかげで、カラオケで歌える歌のレパートリーは、まったく貧困なものとなった。致し方ない。
 
 前置きが長すぎた。
 「事件」が自動車の中で起きた。
 2月7日土曜日の朝、3男Dが名古屋に大学受験に向かう日、彼を岐阜西駅まで送っていった。この日も自動車の中にNHK第一ラジオの番組が流れていた。8時半過ぎに家を出たので、聞いていたのは、土曜の朝8時半開始の「どよう楽市」という番組である。(番組HPはこちらです。→)キャスターは、残間里江子(プロデューサー、ジャーナリスト)、大沼ひろみ(NHKアナウンサー)のお二人である。

残間

「では、今日最初の思い出ジュークボックスののコーナーです。」

 番組のメニューの一つとして、「思い出ジュークボックス」というコーナーがあり、視聴者がリクエストするその人にとっての「思い出の曲」を流してくれる。

残間

「今日のリクエストは、Kちゃん、Yちゃん、Dちゃんのお母さんからです。」

 何気なくラジオを聞いていた私と3男Dは、これを聞いて、二人とも同時に驚いた。

「ちょっとちょっと、父ーさん、今の聞いた。K・Y・Dって、うちと同じじゃん。これって偶然?それとも、ひょっとして、お母さん?」

「静かに!!」

残間

「3人の男の子のお母さんからのリクエスト曲は、さだまさしさんの『笑顔同封』です。『30年ほど前の古いマイナーな曲ですみません。』いえ、どんな古くてかまいませんよ。『昔の彼が、私が出した手紙の返事に書いてくれた言葉』だそうです。彼がこの曲に思いを込めて手紙を出したということでしょうか。では、おかけします。さだまさし、『笑顔同封』です。」

 曲が流れた。
 歌詞をそのまま載せるといろいろ許可が必要であるから、大意だけ示す。
 彼女がひさしぶりに元彼にバースデーカードを出したらその返事の手紙は、ありがとう3回だけの短い手紙だった。しかし、彼女には彼の笑顔が同封されているように感じて、もう一度やり直すことができるように感じたという内容である。
 グレープの『3年坂』というアルバムに収められた、僅か2分38秒のマイナーな曲である。
  ※→YouTubeへのリンクはこちらです。

 短い曲は、あっという間に終わった。

大沼

「Kちゃん、Yちゃん、Dちゃんのお母さん、いかがでしたか。『その手紙をもらって以来、今も彼はずっとそばにいてくれます。』とのことですので、ご主人との思い出の曲ということですね。ごちそうさまでした。ありがとうございました。」


「そういうことなの。つまり、父さんがその手紙書いたの?」

「そういうことだ。しかし、なんでまた、今頃になって。またリクエストなんか。」

「きっと母さんは、今日この曲が流れたことも知らないよね。」
「そうかもしれん。帰ってから言ってみ。」

 3男Dはこの日は入学試験だったため、この話はさすがにその日の晩は忘れていた。
 しかし、次の日、長男の恋人がわが家にくるという特別なことがあり、なんとなく、この話を思い出す雰囲気になったからだろう。彼が夕食の席で突然言い出した。

「お母さん、ものすごい長ったらしいペンネームで、ラジオにリクエストしないで欲しい。正体バレバレ。」

「えっ。何?」

「やっぱり昨日の朝のラジオは聞いていなかったんだ。お母さんのさだまさしのリクエスト曲が、NHkラジオから流れた。」
「えっー、何で。ちゃんと3月の結婚記念日にってリクエストしたのに。もう流れてまったのー。」

 結婚記念日近くに流してもらって、夫や家族を驚かそうという妻の試みは、NHKラジオのキャスターには理解されず、空振りに終わった。それでもラジオからリクエスト曲が流れたことには違いない。めでたいことと言えば、めでたい。わが家初の珍事となった。ハガキではなく、インターネットでリクエストしたという。

 「笑顔同封」が縁で一緒に暮らしはじめて、長い年月が過ぎた。
  ※さだまさしのことは、なんだこりゃ「少年時代・学生時代3 精霊流し」(→)で触れた。

 夫婦二人ともが大好きだったさだまさしのコンサートには、二人で何回も出かけた。いろいろ思い出がある。
 30代前半だった頃、コンサート会場で、こんな会話をした。

「さだまさしのヒット曲、『関白宣言』の中味には、亭主としてやってみたいことがいろいろ入っている。しかし、一つだけに限定しろと言われたら、絶対あれをやりたい。」

「何?」

「俺より先に死んではいけない。」
「だいじょうぶだって、女の方が長生きだから。」

 そのころは、本当にそう思っていた。妻に世話を焼いてもらって死んでいくほど幸せなことはないと。
 しかし、今は少し考えが違っている。
 妻に看取られながら自分だけさっさとあの世に行くのがいいか、妻を看取った後で、十分に生きて彼女が待つ世界へ、「はい来たよ」と遅れていくのがいいかと考えたら・・・・、後者の方もいいように思えてきた。

「待っているとは限らないわよ。」

 大丈夫だ、きっとどちらが先に行っても、また会える気がする。

 4月から職場が変わり、夜の勤務から解放される。また、二人で名古屋までコンサートに行くのも悪くない。
 もうすぐ、27回目の結婚記念日がやってくる。


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