ついでですから、高松康氏が信奉されている古田武彦氏の著書についても、若干の紹介をします。
歴史の教科書にない新解釈を提唱したというと、なんか奇をてらった荒唐無稽な説を唱える歴史研究家というイメージになってしまいますが、古田氏は決してそうではありません。むしろその真逆の、あくまで文献を正確に読み、書物に書かれたことから確実に結論を見つけていくという研究姿勢を貫く研究家であり、その点では、歴史研究のお手本というべき研究者です。
その古田氏が古代史研究の定説に最初に大きな疑問を投げかけたのが、上記左の『「邪馬台国」はなかった−解読された倭人伝の謎−』です。
古田氏はもともと高校の教師で、親鸞の『歎異抄』研究を行っていた研究者でしたが、この著書により古代史に対して独自の歴史解釈を展開していくことになります。
タイトルの『「邪馬台国」はなかった』というのは、「邪馬台国」そのものがなかったという意味ではありません。普通に使っている「邪馬台国」という名称は誤りで、正しくは「邪馬壹国」であるべきであるという意味です。
この指摘の基本には、私たちが普通に授業でも教えている、『魏志倭人伝』の文字の誤りに対する安易な訂正があります。すなわち、現在伝わる『魏志倭人伝』に「邪馬壹国」と書かれているのは、後世の書き写し間違いで、本来は「邪馬臺国」が正しいとする訂正です。この訂正の意図は、「臺」の字は「台」と同じと解釈し、「邪馬臺国」=「邪馬台国」を「やまたいこく」と読み、さらには、「邪馬台」=「やまと」=「大和」と、土地名を比定することへつながります。
古田氏は、その安易なご都合主義の訂正に疑問を持ち、『三国志』の著者陳寿の書いた原典を尊重する姿勢を堅持します。
たとえば、この「壹」と「臺」の問題では、『魏志倭人伝』だけではなく、『三国志』全体に登場する、「壹」と「臺」をすべて拾い上げ、「壹」86カ所と「臺」56カ所のすべての用法を確認した上で、安易な誤用はあり得ないと結論しています。『魏志倭人伝』の著者陳寿は、あくまでその時点で九州博多湾岸にあった倭人の有力な国を「邪馬壹国」と認識し、そう著述したというのが古田氏の結論です。
したがって、大和に音が通じるからという理由で「訂正」されてしまった「邪馬臺国」「邪馬台国」などは存在しないというのがこの著述のいわんとするところです。
徹底的に文献を調べる。著者を信じる。それが古田氏の研究の方法です。前掲書の中で次のように書いています。
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「 ヨーロッパのほとんどの学者たちが、トロヤ滅亡の物語を単なる「神話」として嘲笑ったとき、シェリーマソはただひとり、吟遊詩人ホメロスを信じた。そして『イリアス』『オデッセー』の一字一句を疑わず、ついにダーダネルス海峡のほとり、トロヤの廃墟に到達した。
むろん、東方卑弥呼の国にむかって、強い好奇心をいだいたことのある人なら、この西方のシェリーマソの話を思いうかべなかった人は少ないかもしれぬ。事実、今まで「邪馬台国」についての本を書いた人の中に、このシュリーマソヘのあこがれを書きしるした人もいるのである。
しかし、だれも本当に信じなかった。 『三国志』魏志倭人伝の著者陳寿のことを。
シュリーマソがホメロスを信じたように、無邪気に、そして徹底的に、陳寿のすべての言葉をまじめにとろうとした人は、この国の学者、知識人の中にひとりもいなかったのである。
かれらおびただしい学者群のあとで、とぼとぼとひとり研究にむかったわたしの、とりえとすべきところがもしあるとするならば、それはたった一つであろう。
陳寿を信じとおした。−ただそれだけだ。
わたしが、すなおに理性的に原文を理解しようとつとめたとき、いつも原文の明晰さがわたしを導きとおしてくれたのである。
はじめから終りまで陳寿を信じ切ったら、どうなるか。
その明白な回答を、読者はこの本によって、わたしからうけとるであろう。」 |
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※古田前掲『「邪馬台国」はなかった』P4−5 |
古田史学のすごいところは、歴史の把握の視点が、上記の「邪馬壹国」のみの短いスパンにとどまらなかったことにあります。「中国王朝は九州にあった倭人の有力な国を継続的に数世紀に渡って把握し、各時代の中国の歴史書に継続的に叙述された」という長いスパンの発想から各歴史資料を分析し、より大胆な解釈へと進んでいきます。
すなわち、九州にあった「邪馬壹国」がその後どのように展開していくかについても自説を展開し、大和政権とは異なる独自の勢力を想定します。
これが、『失われた九州王朝 天皇家以前の古代史』です。
九州王朝とは何か?大和政権との違いは何か?
もちろん、これが『日本書紀』の神武東征に直接つながるなどという、常識的な結論ではありません。
簡単には説明できませんし、また詳細を話してしまうと、古田氏の両著書のみならず、高松氏の著書の中味まで話をしてしまうことになりますから、このあたりで終わりにします。
古田氏の本は、2010年からミネルヴァ書房により、古田武彦・古代史コレクションとして復刻出版されています。(『「邪馬台国」はなかった−解読された倭人伝の謎−』(ミネルヴァ書房 2010年 2940円)以下をシリーズで刊行中)
もっとも、値段は高価ですので、費用を安くしようとすれば、新刊本より、アマゾンか何かの古本屋で40年前の本を買う方がはるかにやすくなります。私の場合、上記の写真の2冊を、送料込みで722円で購入できました。(^.^)
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