江戸時代6 |
518 落語『紀州』の落ちは? | クイズ江戸時代の問題へ | | 現物教材メニューへ | | |||||||||
解説編といいながら、問題編ではちゃんとした問題になっていませんので、まずちゃんとした問題を示します。
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落語『紀州』は、第7代将軍徳川家継が7歳の若年で死亡し、御三家の一つ紀伊(紀州)徳川家から吉宗が後継者に迎えられ、新しく第8代将軍となったことを題材としています。
この噺の中には、こういう「欲望が背景にあるが故の聞き違え」の例がたくさん出てきます。古今亭志ん生師匠は、この『紀州』の噺を全体で12分40秒でやっていますが、このうち、前半の5分40秒をこの人間の錯覚の例に費やしています。 この原理が十分に理解できたら、ようやく本題です。 徳川本家の家継が僅か7歳で当然跡継ぎを作らずに死亡したため、こういう時のために準備されていた分家、御三家の当主から第8代将軍を決めることになりました。この噺の主役は、吉宗ではなく尾張の第6代藩主徳川継友です。噺の中では、「尾州公」と表現されています。ちなみに、吉宗の方は「紀州公」です。尾州と紀州では、藩祖の兄弟の順番からいって尾州が上位です。尾州公は次期将軍になることについては、やる気満々です。
いよいよ今日は江戸城で将軍の跡目(後継者)を決めるという日、尾張公は朝の早い内に屋敷を出ます。お供を従えた籠が尾張藩上屋敷から江戸城に向かいます。当時の稼業として朝早くから営業しているのが、豆腐や鍛冶屋だったそうです。この鍛冶屋さんというのが、この噺の蔭の主役です。
鍛冶屋の槌の音というものは、誠に威勢のいいもので、親方が槌を「とォん」と入れると、弟子がこれに合わせて「むこう槌」というのを、「てんかァん」とうちます。「とォん、てんかァん。とォん、てんかァん。」 これが、将軍になりたいと思っている尾州公の耳には、「とォん、てんかァん」とは聞こえません。これからお城へ上がって、将軍の身になろうというのですから、この鍛冶屋の槌の音が、「てんかとォル」「てんかトール」「天下取る」と聞こえました。尾州公はこれはさい先がよいと思って登城します。 江戸城の大広間で会議が開かれます。 噺では、相模小田原の城主大久保加賀守(老中かなんかの設定です)が尾州公、紀州公の順番で将軍になる真意を確認します。まず、尾州公の前で、口上を述べます。 「この度は七代の君、ご他界に相成り、お跡目これなく、下万民扶育のため仕官(将軍への就任受諾)あってしかるべし。」 ここで尾州公がひとこと、「引き受けた」旨の言葉を発すればそれで済んでしまったのです。しかし、人間には見栄というものがあります。軽く引き受けたのでは安っぽく思われてしまうから一度は辞退しようというわけで、 「余は徳薄うして、その任にあらず」と返答しました。 次に同じ事を聞かれる紀州公も同じように一度は辞退するだろうから、その後もう一度尾州公へ依頼があった時、「それでは」と受諾するつもりだったわけです。 ところが、紀州公は、 「余は徳薄うして、その任にあらず。なれども、下万民のためとあらば仕官いたすべし」と返答し、あっさり紀州公に決まってしまいました。 がっかりしたのは尾州公です。見栄を張って本心とは違うことを言ったが為に、将軍の跡目という大きな獲物を逃がしてしまいました。この噺の2つ目のテーマは、「いらぬ見栄を張ると自分の希望が達成できない」です。 落胆して江戸城をあとにした尾州公ですが、先ほどの鍛冶屋のところまで来ると、親方と弟子が相変わらず、「とォん、てんかァん」とやっています。先ほどのことがあっても、なお尾州公の耳には、「天下取る」と聞こえます。尾州公はこの期に及んでも、都合よくこう考えます。 「ははぁ、さては紀州公。一旦将軍職就任を受諾しておいて、『まだ若年故に尾州公によろしく頼む』と使者でもよこすに違いない。鍛冶屋が「天下取る」と言っているのだから間違いはない。」 そう思って、にっこりと笑った尾州公、籠の垂れをあげて、自分の目で鍛冶屋の店先を注目します。 すると、これまで、「とォん、てんかァん」「天下取る」とやっていた鍛冶屋が・・・・・・・。 ひぇーい、長い長い問題でした。このあとがこの落語の最後の落ちの部分です。そこでクイズの問題です。鍛冶屋が次のある動作をします。その時にある擬音が発生して、尾州公は自分に将軍職(天下)が回ってこないことを悟らされます。 さて、鍛治屋(親方)の行為と擬音とは、何でしょうか。 |
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この落語を知っている方はともかく、上述の質問の仕方でいきなり正解が出る方は、天才です。ヒントを出しながら正解にたどり着きますので、次の黒板を順にクリックしていいってください。 |
※例によって、黒板をクリックしてください。答が現れます。 |
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時間がかかって済みません。 |
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もし、将軍吉宗の登場のところでこの噺をすると、およそ10分間はかかります。享保の改革とこの噺は関係はありませんので、強いて授業で取り上げるべきものではないかもしれません。 しかし、日本史のどこかで、落語というものを紹介したい気持ちが捨てがたく、少し時間の余裕がある時は、この噺の内容や時には落語そのものをやって来ました。落語を覚えるのは、いや落語の話法を覚えるのは、地歴公民科の教員にとってはかなりプラスになることです。落語のウイットは、生活にとっての潤いにもなります。 「 8代将軍吉宗任命に題材をとったはなしではあるが、むろんのことこんな歴史的事実があったわけもない。しかし、そうした歴史の一駒から、こんな小粋な、洒落た作品を創りあげてみせた先人のセンスには、やはりあらためて感心させられる。」
さらに、次の次で紹介するように、岐阜市は、古典落語に縁のある都市です。地域に誇りを持てる教育というのにも繋がります。 地歴公民科の先生、是非、授業で落語に挑戦してみてください。 |
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歴史的な事実としては、もちろん、この落語のような話はありません。落語はあくまで落語です。 |
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※南条範夫著「徳川吉宗」『人物日本の歴史13 江戸の幕閣』(小学館 1976年)P104−106 |
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安楽庵策伝と言う人物をご存じですか?古典落語の祖とされている人物です。 |