戦国時代中頃から、江戸時代初めまで、ご存じのように、日本はポルトガルと濃密な交流をもちました。正確には、1543年のポルトガル人による種子島への鉄砲伝来によってそれは始まり、1639年、将軍家光のポルトガル船来航禁止命令まで続きました。
このことは、小中高のいずれの歴史の時間にも学習することであり、この交流の結果として、この時代に伝来したポルトガル語が、現在も日本語の中に生きていることを認識します。
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botao |
ボタン |
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raxa |
羅紗(ラシャ) |
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sabao |
シャボン |
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confeito |
金平糖 |
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capa |
カッパ |
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velludo |
ビロード |
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castella |
カステラ |
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caramelo |
カルメラ |
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pao |
パン |
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tempero |
テンプラ |
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tabaco |
たばこ |
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gibao |
襦袢 |
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これらがその代表例です。
ところが、高校の日本史の教科書や、資料集には、その逆は登場しません。
つまり、日本語の中で当時ポルトガル人に受け入れられ、そのままポルトガル語の中に定着していった単語については、教科書に記述がありません。
その例が、biombo と bonzo です。
正解、biombo ・・・・ 折りたたみ式のついたて、 bonzo ・・・・ 仏教の僧侶 です。
その語源は、biombo(屏風)、bonzo(坊主)です。
17世紀の初めにポルトガル人によって編纂された『Vocabvlario Da Lingo a De Japam』と言う本があります。ポルトガル人のための「日本語ーポルトガル語辞典」です。
ポルトガルは、漢字の表記で「葡萄牙」となるため、日本・アメリカを「日米」と表すように、「日葡」と表します。したがって、この辞典は、通称『日葡辞典』と呼ばれます。
この復刻版が、1980年に岩波書店から発刊されました。1995年の第4刷の価格が22500円という貴重本です。(もちろん自分で購入したわけではありません。(^.^)岐阜県図書館で見ました。)
正確には、『日葡辞典』の「葡」の部分は、日本語訳してありますから、当時のポルトガル人が日本語をどう理解していたかがわかる辞典となっています。
それによると、
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Biobu |
それ自体で立つ一種の大きな飾り板のようなもので、日本人が家の飾りとして、または、風を防ぐためなどにもちいるもの。 |
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Bozu |
僧侶または、剃髪者ならだれでも、坊主という。 |
となっています。
それが、ポルトガル語になり、biomboとbonzoになったというわけです。
ちなみに、biomboは、ポルトガル語から伝わって、スペイン語にも導入され、 bonzoは、スペイン語だけではなく、さらに、フランス語にも導入されています。
高橋正武編『西和辞典 増訂版』(スペイン語ー日本語辞典、白水社1979年)には、
「biombo・・・・ついたて、屏風」・「bonzo・・・・仏教の僧、坊主」 とあります。
鈴木信太郎他著『新スタンダード仏和辞典』(大修館書店 1987年)には、
「bonze・・・・1(仏教の)僧侶、僧 2〔話〕大物;気取りや 3〔俗〕老いぼれ 4〔隠〕奴(やつ)」
とあります。
フランス語になると別の意味まで付け加わっているのが面白いところです。
ポルトガルの首都リスボンには、国立古美術館(Museu Nacional de Arte Antiga)がありますが、その「Namban」のコーナーに、狩野内膳作と伝えられる屏風絵他が展示されています。
※木室公生著『乾杯!ポルトガル』(東京新聞出版局 1999年)P252〜255
※Museu Nacional de Arte Antiga のトップページはこちら(ポルトガル語です。(--;)
※Museu Nacional de Arte Antiga のページとは別の屏風絵の写真はこちら
ところで、このbiomboとbonzoが日本語から来た言葉であることを、普通のポルトガル人に理解されているかどうかを確かめてみました。
東京のポルトガル大使館にある国際文化部(03−5226−0611)に電話して伺ったところ、日本語に語源がある単語としては、「kimono」や「katana」は有名であるが、biomboとbonzoは、普通の人は知らない単語であるとのことでした。
「中学校や高校の教科書には載っていますか」
「いえ、載ってはいません。日本文化を学習する特別な人にしか知られていないと思います。」
とのことでした。
ついでに、ブラジルから本県の国際交流センターに赴任している、日系人の国際交流員にも確認しました。
「辞書を見れば日本語起源とはわかるが、普通の人は意識してない。」とのことでした。
biomboとbonzoはポルトガル語の中では、日本語の中のパンやボタンほどには、一般的な単語ではないことがわかりました。
アメリカで発行されている、「葡米辞典」も確かめました。
James L Taylor著『A Portuguese−English Dictionary』(Stanford University Press 1970年)には、ちゃんと「biombo」という単語が掲載されています。
しかし、その意味は、「screen、partition」でした。これからは、屏風や屏風絵を連想することは不可能ですね。(--;)
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