「醍醐」という乳製品と、醍醐天皇に関する日本史クイズを、日本史クイズ「飛鳥〜平安時代」編に掲載しています。
そこでは、古代の乳製品について、次のように説明しています。
牛乳を煮詰めて凝縮し(コンデンスミルク)、その時に上に浮く油脂成分からバターを作り(これを古代は酪(らく)といいました)、バターを取り除いた脱脂乳の蛋白だけを凝固させてチーズを作ります。これを漢字一文字では、酥(そ)といいました。
酥は別の言い方があって、それが「醍醐」(だいご)です。
これは、主に、樋口清之氏の『日本人の歴史A食物と日本人』(1979年講談社)P70から引用したものです。
このページでは、古代の乳製品で復元販売されている商品を紹介し、もう少し詳細に、古代の乳製品について考察します。
1 商品「飛鳥の蘇」
2 古代の乳製品とはどんなもの
3 蘇と酥
1 商品「飛鳥の蘇」
ずは、商品の紹介です。右の写真は、その商品、「飛鳥の蘇」のパッケージ、中味、断面です。
チーズのような感じですが、あまり強い味ではありません。
商品の説明には、考古学者猪熊兼勝さんの言葉として、次のように書かれています。
「蘇は牛乳をゆっくりと特殊な方法で煮詰めたチーズの仲間です・・・、当時の飛鳥には多くの異国人が住んでおり、彼らが、その製法を伝えたのでありましょう。・・・」
発売元は、奈良大和の地酒専門店「西の京地酒処 きとら」です。
※〒630-8032 奈良市五条町3-30
電話0742-33-2557 ホームページはこちらです。
もちろん、ネットで購入できます。
「きとら」さんは、商品について次のように説明しています。
この涅槃経では
『牛より乳を出し、乳より 酪を出し、酪より 生酥を出し、生酥より 熟酥を出し、熟酥より
醍醐を出す。醍醐は最上なり。もし服する者あらば衆病皆除く。 あらゆる諸楽ことごとくその中に入るがごとく仏もまたかくのごとし。』
と乳製品の製造過程に例えて、釈迦の修行及び教法をといています。
後年、お釈迦様はその体験に基づいて、牛乳や乳製品は
『食料となり、気力を与 え、皮膚に光沢を与え、また、楽しみを与えるもの』として
賞賛しています。
引用されている涅槃経とは、釈迦の入滅の日の儀式を説明した経典です。そこに、牛乳、酪、酥、醍醐が説明されているわけです。
「きとら」さんでは、これをコンセプトにした「涅槃経セット」を販売されています。
「飛鳥の酥」以外、飲むヨーグルトなども含めた、セットです。評判もなかなかです。この素敵なアイデアには脱帽です。
※「きとら」さんの「涅槃経セット」の案内ページはこちらです。
2 古代の乳製品とはどんなもの | このページの先頭へ |
ここでちょっと厳密に考えます。
今までの記述ですでにお気付きでしょうが、古代の乳製品については、上の樋口先生の著書の記述と、「きとら」さんの説明は、少し、違っています。
さらに、広辞苑を引いて調べてみると、事態はもっと混乱します。
<樋口教授の説明>
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酥 |
牛乳を煮詰めて凝縮し、バターを取り除いた脱脂乳の蛋白だけを固めて作ったチーズ。 |
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固体 |
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蘇 |
(記述なし) |
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酪 |
牛乳を煮詰めて凝縮し、その時に上に浮く油脂成分から作ったバター。 |
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固体 |
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醍醐 |
酥の別名、つまりチーズ。 |
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固体 |
<「きとら」さんの商品>
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酥 |
HPには説明がないが、蘇と同じと考えられる。 |
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固体? |
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蘇 |
牛乳をゆっくりと特殊な方法で煮詰めたチーズの仲間。32リットルから約4キロできる。 |
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固体 |
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酪 |
飲むヨーグルト |
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液体 |
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醍醐 |
牛乳から作ったお酒? |
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液体 |
<「広辞苑」の記述> (--;)=曖昧マーク
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酥
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牛または羊の乳を煮つめて濃くした漿(しょう)。煉乳。酪。 |
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液体 |
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蘇
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酥に同じ。 |
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液体 |
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酪 |
牛・山羊などの乳汁を精錬した飲料。また、それから製するチーズなど。 (--;) |
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液体or固体 |
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醍醐 |
酥を精製した濃厚甘味の液。 |
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液体 |
もう少し詳しい本には、次のように載っています。
「欽明天皇(531〜571)の時代、朝鮮半島への遠征からの帰還の際、百済から同国人とともに医薬書が、我が国に入ってきた。この本には牛乳の薬効などが記載されており、またこの帰化人たちは牛乳を飲用したという。さらにこの帰化人の子は、孝徳天皇に牛乳を献上したことが、その後平安時代に作られた『新撰姓氏録』に述べられている。これが我が国文書に残る牛乳飲用の最初の記録である。
その後、701年になると大宝律令には職員会の職務分担の中で、当時の薬物を扱う典薬寮の中に薬物以外に牛乳をしぼる乳戸(酪農家)があり、乳とともに、酥とよばれる(コンデンスミルク、チーズ、ヨーグルト風の)乳製品が製造されていたとの記録がある。この時代は牛乳は今でいう医薬品であったたわけである。
ここで古い時代の牛乳・乳製品の名称についてふれておきたい。牛乳の加工品として、酪とか酥とかいう名前が使われている。酥は牛乳一升を煎じて蘇一升得ると記載(『延喜式』)されていることから現在の練乳のようなものであろうと推定される。酪はその脂肪を集めたものでバターのようなものと思われる。醍醐もあるが、酥をさらに精製し加工したものと推定されており、現在でもわれわれで用いる「醍醐味」の語源となっている。しかし、その実体が何であるかは明らかではない。」
※上野川修一編『シリーズ〈食品の科学〉 乳の科学』(朝倉書店1996年)P2
<「乳の科学」の記述>
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酥
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牛乳煎じて作った煉乳のようなもの。 |
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液体 |
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蘇
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酥に同じ。 |
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液体 |
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酪 |
酥の脂肪を集めたもの。バターのようなもの。 |
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固体 |
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醍醐 |
酥をさらに精製加工したもの、実体は不明。 |
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? |
その他、いろいろまとめると、以下のようになりました。
<まとめ>
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酥
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煉乳、クリーム、バター、チーズ |
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液体、固体 |
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蘇
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同上 |
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液体、固体 |
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酪 |
ヨーグルト(発酵乳)、煉乳、バター |
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液体、固体 |
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醍醐 |
バターオイル、チーズ、酒 |
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固体、液体 |
これでは、見解の不統一と言うよりは、何でもありです。(--;)
3 蘇と酥 | このページの先頭へ |
もう少し、学問的に厳密にしないと、授業には使えません。
酪、酥、蘇、醍醐とは、本当はどんなものでしょうか?
さらにいろいろ調べてみると、この本なら信用できそうという優れものが見つかりました。
吉田豊著(新版)『牛乳と日本人』(新宿書房2000年5月)です。
吉田さんは、雪印乳業に36年勤務され、1988年に定年退職後、現在は文筆業をなさっておられます。雪印乳業を退職する直前の1988年に旧版『牛乳と日本人』を出版され、今回、今私が話題にしようとしている、「酪・蘇(酥)・醍醐」という項目などをはじめ、相当な部分を改訂され、新版を出されました。
それによると、次のようになります。
<吉田豊氏の説>
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酥
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乳を加熱して表面にできた乳皮をすくい取って容器に入れ(繰り返す)、温めてよく攪拌し、冷水を加えて固めたもの。クリームもしくは粗製バター。始めは日本でも作られたかもしれないがすぐに廃れ、次第に、同音の蘇が作られるようになっていく。つまり、蘇と酥は異なる。 |
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固体 |
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蘇
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乳を加熱して10分の1に濃縮したもの。濃い煉乳。さらに水分が抜けて固体化すれば、チーズ。 |
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液体
固体 |
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※ |
厚生労働省令でいうと、チーズは、「牛乳などを固めて水分を除いたもの」と、おおらかな定義となっているので、日本チーズ普及協会は、蘇をチーズとしている。 |
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酪 |
乳を加熱して冷えたときに浮いてくる乳皮(クリーム)を除き、残りの乳に既製の酪をタネとして加え保温してつくる。=脱脂の発酵乳、つまり、ヨーグルト状のもの。 |
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液体 |
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醍醐 |
酥をさらに精製加工して作るものとされているので、酥がバター状のものなら、醍醐はバターオイルとなる。
しかし、加熱濃縮型の蘇は脂肪とタンパク質が結合しているので、バターオイルはできない。
日本では、酥はあまり作られず、蘇が中心であったため、醍醐は輸入品のみが存在した。
結論、醍醐は、実際には日本では作られなかった。 |
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固体
液体 |
吉田氏は、醍醐について、次のように推論しています。
「『涅槃経』の記述は、仏の道をきわめる段階を乳製品の製造にたとえたもので、修行によりだんだんと高い地位に上がった最上の仏の段階を醍醐としている。また「醍醐天皇」というように、延喜の治世をたたえられる天皇のお名前が醍醐となっているのは興味深いが、これは、つまり醍醐が実在の食品でなかったことを示唆するのではなかろうか。実際の乳製品から離れた、最上級のものという抽象的な意味であるために、天皇の諡(おくりな)として使われるのに適していたと考えられる。」
※前掲書P32
ずいぶん整理されてきました。
最後に、現在の乳製品の説明です。雪印食品のサイトを参考にしました。こちらです。
<現在の乳製品>
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バター |
生乳を分離して作られるクリーム(乳脂肪)
※参考 マーガリン…大豆など食用植物油脂 |
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チーズ |
作り方から「ナチュラルチーズ」と「プロセスチーズ」に2区分できる。
ナチュラルチーズは、牛乳に乳酸菌や凝乳酵素を加えて固めたもので、熟成タイプと非熟成タイプがある。熟成タイプは乳酸菌や酵素の働きによって熟成が進み、時間が経つごとに味が変化する。
プロセスチーズは、一種類以上のナチュラルチーズを細かく砕いて混ぜ合わせて、加熱(乳酸菌は死滅)、乳化したもの。保存性に優れる。 |
高校の日本史の授業では、乳製品とか乳業について、専門的に学習する機会はありません。
私の授業構想では、「醍醐天皇」に関するエピソード(関心・意欲の向上)といったレベルに過ぎません。
ただし、テーマ学習として、設定することは十分にできます。2004年2月28日の今日、残念なことに網野善彦教授の訃報が新聞に載っていましたが、たとえば、網野先生の主張されていた「多様な古代世界」のひとつとして、古代の酪農をテーマにすることは可能です。 |